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しがないオタクがつらつらと

つぶやくにはながいこと

あなたのわたしの1/800(800分のオンリーワン)

 

先日のテニフェス2016観賞会の後に「自分の1/800(800分のオンリーワン)」を発表しようということになった時、自分の中の真のオンリーワンとして特定の曲を挙げられた人はあまりいませんでした。どうしてもこういうジャンルなら、こういうポイントなら、個人的な思い入れだけで話すなら、と言った具合になってしまい、各々の中に存在する曲の中からたったひとつを絞り込むのは難しいことだと改めて感じました。

テニスの王子様のキャラクターソングは多過ぎて、一曲一曲が持つ意味合いや作られた意義も様々ならば、我々が曲を耳にした時に感じたこと、歌詞を目にした時に感じることも様々です。実際の1/800ランキングでも私達が投票できるのはすべての曲の中から1日1票のみでしたが、テニフェスで発表される時には「ソロ部門」「デュエット部門」「ユニット部門」と歌っている人数によってジャンルが分けられていました。ならば我々もジャンル別でオンリーワンの曲を挙げてもいいのではないか、ということで私の中のあらゆる1/800を書き残しておきたいと思います。

 

 

 

・「個人的な思い入れ」部門

Trial of Luck/千石清純
赤く染める月/切原赤也

Trial of luck テニスの王子様 - THE BEST OF RIVAL PLAYERS VI Kiyosumi Sengoku

Trial of luck テニスの王子様 - THE BEST OF RIVAL PLAYERS VI Kiyosumi Sengoku

 
「テニスの王子様」THE BEST OF RIVAL PLAYERS XXI ~赤く染める月

「テニスの王子様」THE BEST OF RIVAL PLAYERS XXI ~赤く染める月

 

観賞会の時に「初めて買ったキャラソンがこの2枚」と発言しましたが、思い返せばキャラソンどころか初めて買ったオタクジャンルのCDがこの2枚でした。当時赤也と同い年だった私は自宅から数駅離れた駅からさらに15分ほど歩いた場所にあるアニメイトを調べて、入り慣れない雑居ビルの前で5分ほど尻込みしてなんとか2枚のCDを買って帰りました。田舎のアニメイトは雑居ビルにありがち。私がテニスの王子様の世界に来たのは千石清純(の声優)がきっかけですが彼の次に好きになったのが赤也だったので、私が本当の意味で「テニスの王子様のキャラクター」として最初に好きになったのは赤也なのかもしれません。どうして好きになったのかはあまり覚えていませんが、彼も千石さん同様夢小説をめちゃくちゃ読み漁っていました。懐かしい。

 

この2曲も含まれるライバルプレイヤーシリーズは、殆どの他校キャラの最初の一曲なのでハズレが少ないです。ちゃんとテニスをしている中学生プレイヤーの曲だったり、テニス要素が少なかったとしても彼らのキャラクター性を聴き手に感じさせようとして作られているのだなあと感じられます。『赤く染める月』は100曲マラソンの時のキャラソンランキングで総合5位(ソロのみだと1位)にもランクインしているので、多くのファンにとって納得の一曲なのでしょう。という訳で次はテニスの王子様の「キャラクターソング」として素晴らしいと思っている曲をオンリーワンとして挙げたいと思います。

 

 

 

・「キャラクターソング」部門

メテオドライブ仁王雅治(『P』収録) 

P

P

 

単純な曲の出来(カッコよさ)も然ることながら、曲の在り方だけでも仁王雅治のキャラクター性を充分なまでに表現しているし、テニスの王子様のみならず「キャラクターソング」の歴史に残すべき名キャラソンだと思います。メテオドライブとはこれを歌っている仁王の技の名前ですが、そもそもメテオドライブなんて技はテニスの王子様の世界には実在せず、あくまでも乾が病院のベッドの上で見た悪夢の中の仁王が使った技に過ぎませんメテオドライブと同様の技は乾が悪夢を見た後の試合である不二vs仁王戦に登場しますが、それは仁王ではなく彼の対戦相手の不二が披露した「星花火」なので、言ってしまえば仁王本人のテニスはメテオドライブという技に掠りすらしていないのです。しかし他人の悪夢の中とは言えメテオドライブを打ったのは仁王。だから彼は「メテオドライブ」という曲が歌えるのです。この曲の存在自体が彼の二つ名のとおり究極の「ペテン」なのです。実在しない技ですら自らの曲にしてしまう詐欺師(ペテン師)仁王雅治。実際の物語は、星花火を不二が習得しようとしていたことを知っていた乾が深層意識で勝敗を心配するあまり夢の中でそれに近い技を仁王に打たせてしまった、と捉えられますし、またその技によって敗北が決まる仁王の姿はカッコいいとは言えませんが、それをここまでカッコいい曲に仕立ててしまって最高のキャラソンだと思わせてくれるところまでが、彼の「メテオドライブ」というキャラソンであり必殺技なのでしょう。

 

技名を冠するキャラソンに外れなし*1、というのが私の持論なので、柳生のLASER BEAMや大和部長(現在は部長ではありませんが)の幻有夢現なども大好きです。じゃあ技名を冠していなくてもテニスの王子様のキャラソンとして最高なのは?と訊かれて挙げていくとキリがないので、反対にどう考えてもキャラクター性を見失っているにも関わらず個人的には狂おしいほど好きな曲を挙げたいと思います。

 

 

 

・「飛影はそんなこと言わない」部門

好きさ好きさ好きさ/跡部景吾
(海外アーティストの曲をカバーしたザ・カーナビーツ版をさらにカバーしたもの) 

好きさ好きさ好きさ

好きさ好きさ好きさ

 

ヤンデレが好きな私のツボにクリーンヒットなのでiTuneの再生回数が「俺様の美技に酔いな」に次いで2位ですがどう考えても跡部はこんな風にはなってくれない。ならないんじゃなくてなってくれない。以上。余談ですが男ヤンデレが好きということはテニスのキャラソンなら白石の『毒の華』も好きです。

 

 

 

・「インストゥルメンタル」部門

miracle prologue tourのテーマ/幸村精市
(『miracle prologue tour 2011 LIVE at Zepp Tokyo 6.16』収録)

miracle prologue tour 2011 LIVE at YOKOHAMA BLITZ 6.29

miracle prologue tour 2011 LIVE at YOKOHAMA BLITZ 6.29

 

2つ前の項目の注釈で某インスト曲をけちょんけちょんに貶してしまったので、反対に良いと思えるインスト曲を挙げたいと思います。この曲は幸村くんの個人ライブのOPを飾ったインスト曲です。個人ライブはそのキャラクターを抜きんでて好きな人にこそ参加してほしい、という精神に基づいて私は参加しなかった*2のですが、ラジプリのCMでいきなりブラ4が流れたので吃驚したら幸村くんのライブCDのCMだったので慌てて調べたところ恐らくこれだ、となり頭を抱えました。ファンブックの設定それもまさかの好きな曲をピンポイントでしっかり生かしてくれる楽曲スタッフの皆様ありがとうございます。跡部様が個人ライブを開催される際には是非ともタンホイザー序曲のアレンジからのスタートでお願いします。何ならそのままオケ版を流していただいても構いませんがその場合最初の2音で足元から崩れ落ちてしまいます。私が。幸村くんの苦悩を表すような旋律のブラ4*3からライブという楽しいイベントが始まるのがなんともエモいです。この曲だけでもライブ会場で生で聴きたかった。

 

 

 

・「応援ソング」部門
夢の途中/菊丸英二(『SEIGAKU SUPER STARS』収録)

テニスのキャラソンの応援ソング(聴いた人の背中を押す系の曲)だと跡部の『Dream Maker』や白石の『go on』が圧倒的人気を誇っていますが、私はこの曲や同じく菊丸の『ジャンプだホイ』、違う菊丸ですが『チャージ・アップ』*4を聴くと元気が出ます。

 

“ぴょんと 跳ねてみよう
心も弾むかな?
涙 零れちゃってかまわない

そっか 君にも答えがあるんだね
そしたら後で 答え合わせしてみよう”

 

この曲の菊丸は涙を流すことを否定しないし、自分の答え(考え)と他人の答えに違いがあることをそのまま受け入れてくれています。もしかしたら実際の菊丸は自分と異なる考えを聞いたら「えー!俺はそうは思わないけどにゃー」と頭の裏で手を組んでムスッとしてしまうかもしれませんが、様々な意見はありますが「公式」として世に出た作品のひとつであるこの曲の菊丸は優しく背中を押してくれます。もっと個人的なことを言えば、なかなか挫折の多い人生を歩んできた私にとっては曲が始まってすぐのサビの「何回だってスタート切っていいんだよ」が一番心に来るものがあります。 

 

 

 

・「ラブソング」部門
悲しいね…キミが近すぎて/許斐剛

悲しいね・・・キミが近すぎて(DVD付)

悲しいね・・・キミが近すぎて(DVD付)

 

応援ソングと来ればラブソング、ということで挙げましたが果たしてこの曲をラブソングに分類してよいのだろうか。正直ラブソングはオンリーワンも何も個々人の好きなキャラが歌ってる曲がその人にとっての一番なんじゃないか*5と思うのですが、それを言ってしまうとじゃあラブソングの無い私のあの子はどうなるんだ!ともなってしまうので、すると「彼らも漫画の中からキミたちのことを思ってくれているよ」というスタンスのこの曲はテニスの王子様」たちすべてに当て嵌まる、彼らからの究極のラブソングなのではないでしょうか。私がこの曲を初めて聴いたのは初お披露目のヒトフェスの時でした。歌う前に先生が「皆さんの好きなキャラクターを思い浮かべながら聴いてください」というような趣旨のことを仰った気がするので、私はこの曲を自分の最初の王子様である千石さんのことを思い浮かべながら聴きました。千石さんを好きになってテニスの王子様の世界に来たけれど、その後に赤也や氷帝の子たちと出会って彼の元を離れていった私のことを、もしかしたら千石さんはずっと遠くから見守ってくれていたのでしょうか。少なくともこの曲はそう思うことを良しとしてくれますし、またこの曲の作者が漫画の原作者でもある先生ならば、この曲のみならずテニスの王子様という世界は「そう」なのです。ただこの曲も聴く人によって感じ方は千差万別で、ある方は「彼らのいる世界と私たちのいる世界は別なんだと、私たちは結局彼らに近付けることはないんだと優しく突き放されたように感じた」と仰っていました。「王子様」を自分の中のどういうポジションに置いているか、その存在をどういう風に捉えているかによっても変わってくるのかもしれません。話が逸れてきたのでこの続きはまたいつか。

 

 

 

・「ジャンル“テニスの王子様”」部門
Dear Prince ~テニスの王子様達へ~/イケメン侍

Dear Prince~テニスの王子様達へ~

Dear Prince~テニスの王子様達へ~

 

テニスの王子様のキャラソンには、明らかにそのキャラクターや彼らの物語を表現するためのものではない曲、しかし「テニスの王子様」を表す(現す)ための曲がいくつも存在します。ラブフェスやテニプリ☆パラダイスなど色々ありますが、それらの始まりの一曲が、テニスの王子様の最終話に突如現れた歌詞のこの曲だと私は考えています。最終話なのに「会いに行くよ」と歌った彼らは、今でもこうして私たちの傍に居てくれます。テニスの王子様の歴史を振り返ると、この曲は終わりじゃなくて新たなステージへの最初の一歩(一曲)だったのだなあと感じます。あとは「JA○RAC申請中」がネタ的にも話題になりましたね。

 

 

 

・「ジャケットイラスト」部門
Invisible Bandage乾貞治

新テニスの王子様「Invisible Bandage」

新テニスの王子様「Invisible Bandage」

 

ジャケットの一枚絵だけで物語性を訴えてくるものも中にはありますが(最近だと『たとえば今…』など)、そういうのを一切無視して純粋に一目見た時に「なんかすげえ!かっけぇ!」となったのがこの曲のジャケットでした。何かとダサかったりズレていると言われがちなテニスのグッズ然りイラスト然りの中で、良い意味で物凄くキャッチーなイラストだと思います。個人的には単純にカッコいいだけじゃなくてどことなく気持ち悪さが残っている所もポイント。余談ですが不二先輩の『BIG WAVE』のジャケットを見る度に同名のハワイのビールを思い出してしまいます。

 

 

 

・「今後の展望への願いを込めて」部門

Gather/青と瓶と缶

Gather

Gather

 

2016年秋の武道館で千石清純の声を聞いた。(※CD音源)

千石さんに出会って赤也、氷帝、そして跡部へと辿り着いて10年以上氷帝厨雌猫一筋でやってきましたが、その間もずっと、初めて参加したテニスのイベントの100曲マラソンの時からずっと、千石清純の声を当ててくださった鳥海浩輔氏がテニフェスなどの公式イベントに登壇してくれるのをずっと待ち望んでいました。今でも待ち望んでおります。跡部景吾というキャラクターが私にとってのナンバーワンなら、千石清純というキャラクターは私にとってのオンリーワンです。来年公開予定の映画か、その先にあるだろうテニフェスか、はたまたさらに遠くの未知のイベントかは誰にも、先生ですら予測のつかない未来ですが、私はいつの日か必ず、私をテニスの王子様と巡り合わせてくれた声優の方をテニスの王子様のイベントでお目にかかれる日が来ると信じ続けます。

 

 

 

当初想定していたより長い記事になってしまいました。ここに挙げた曲はあくまでも私のオンリーワンなので、画面の向こうで「わかる」と頷いてくれる方がいれば、大したことないオンリーワンだなあと鼻で笑う方がいても当然だと思います。テニスを愛する人の数だけ、オンリーワンが無限に存在します。

音ゲーのリリースも発表されたことですし、皆さんもご自分とテニスのキャラソンの歩みや歴史を振り返ってみてはいかがでしょうか。書き終わった暁には私にもこっそり教えてくれると嬉しいです。お分かりかと思いますが私が読みたいだけです。

*1:ただしインスト曲『破滅への輪舞曲』を除く。輪舞曲は3拍子以外のものもあるようですが跡部の「破滅への輪舞曲」という技は「1.跡部がショットを打つ、2.相手のグリップに当たりラケットを落下させる、3.グリップに当たって跳ねた球を跡部がスマッシュする」という三拍子の技なのに3拍子が一般的な輪舞曲であえてそれを外すことによってキャラクター性まで失わせるという最悪の曲です。それにこの曲のメロディの繰り返し方は輪舞曲じゃなくて遁走曲(フーガ)なんじゃないの……?

*2:私にとっても幸村くんは5本の指に入るほど好きなキャラクターですが、グッズを欲したりというオタク的な愛し方をあまり含まない「好き」なのでライブに参加しようとも自然に感じませんでした

*3:ファンブックで幸村くんが好きな曲にブラームスを挙げたことに対してどうにも納得が行かなかった私はブラ4について調べまくったという過去があるのですが、平たく言うと恐らくこの曲は病床から這い上がり再起を果たした後の幸村くんの苦悩を表しているのでは、と思っています

*4:テニミュ3rd聖ルドルフ公演より

*5:ということであれば私は跡部さんの『理由』、もしくは千石さんの『ちょっとずつ…』(ゲーム「Love of Prince -Bitter-」収録)が好きです。ちょっとずつ…の曲は好きじゃないけど歌詞が最高だから読んで!

貢ぎケーション

同人誌『悪友』(@aku__you)の「若手俳優に浪費するオタク」を読んで、なるほど貢ぎは恐ろしい世界だなあと思ったのでちょっと文章を書きます。ちなみに私が若手俳優にプレゼントを贈ったのはテニミュにハマってそういう界隈を知って以降の十何年のうちに2回のみ、うち1回はバースデーイベントに参加するのに手ぶらはよくないよなあ……という完全に後ろ向きな理由だったので、若手俳優界隈については「他人事ではないが余所の沼」という感じです。

 

 

 

テニミュも観るタイプのテニスのオタクである私にとって、そこへ出演してくれる若手俳優の皆さんの存在は異国の地の話とは言い切れません。ツイッターでフォローこそしていないものの、リストを作ってチェックしている方も10名ほどいます。上記の同人誌で「若手俳優に浪費する(していた)オタク」の方が自分で「浪費」と表現したのは、そんな若手俳優(特定の推し)へひたすらプレゼントを贈っていた時代のことでした。ちょっとした好奇心で贈った物が翌週SNSにアップされた画像でばっちり着用してもらっており、それ以降も自分が贈った物が使われるのが嬉しくて楽しくてどんどんヒートアップして額も跳ね上がっていった(がある日謎の達成感に見舞われ彼の仕事に対してお金を払うことが一番の貢献なのではと気が付きぱったりやめた)というお話でした。私もいわゆる推しにプレゼントを贈ったことがありますが、推しのことを考えながら物を選んで贈っている以上使ってもらえればラッキーだとは思いました。しかしプレゼントなんて溢れ返るほどに貰うでしょうし、要らなかったら売ってくれとかご友人やご家族に横流ししてくれても全然構わないと思ったしそれを手紙に書いた気もする*1私にとっては何処か遠い世界の話でもあります。

 

若手俳優にプレゼントをするタイプのフォロワーが片手に収まるぐらいにはいるので、現在のミュキャスの方でファンからのプレゼントを使う方がどなたであるかも少しだけなら知っています。プレゼントは服やアクセサリーという贈る側のセンスが問われる物がメジャーなんでしょうか、兎に角そういう物を贈って使ってもらえる、選んでもらえるのはとても凄いことだと思います。こちらが何者かであるかは知られてこそいないものの、それを選んだ自分のセンスが相手に認められたということですから。つまりそこには相互のコミュニケーションが存在する。若手俳優とそのファンは、推しの仕事をこちらが享受しに行く、お金を払って見たり読んだりする、というこちらからの一方的な働きかけなくして関係は成り立ちません*2。プレゼントを贈るのだってこちらからの一方的な働きかけ、考えようによってはただの押し付けでしかありません。しかしその一方的なコミュニケーションが相互になるのが、推しにプレゼントを使ってもらえた瞬間です。単純に気に入ったから使っただけかもしれないし、もしかしたら「ファンからのプレゼントだからあえて使っている」のかもしれません。それでも相手の意思が存在するのは確かです。好意で贈った物が使ってもらえた瞬間。そういうつもりで贈った訳でなくとも報われたなあと思うでしょうし、増してや服飾品なら推しが自分の贈ったものを身に付けているという高揚感もあることでしょう。アクセサリーならまだしも洋服のプレゼントなんて人によっては友人に贈ることもあまりないでしょうし、これはハマる人はハマってしまうなあと、回を重ねる毎に額を跳ね上げてしまう人がいるのも無理ないなあと、意外と近くに横たわっている世界はとんでもなく恐ろしいものだったのだと気付かされた同人誌でした。

 

フォロワーに「推しの服が少ないことを心配して普段着にしてくれればと思ってそう高くもない服を贈ったら推しがそれ着てフィギュア化された」というとんでも体験をした人がいるので、そういう意味でも面白い界隈だよなあと思いました。私は自分のセンスがオタクのそれであることは理解しているし他人に貢ぐぐらいなら自分に投資したいので、今後も誰かにプレゼントをすることはないだろうなあと思いながらも口座番号を教えてほしい子が一人いるにはいます。あのね、それが一番ヤバいやつだよ。

 

 

 

*1:上記のバーイベの推しは10歳年上だったので高校生(当時)が贈る物よりも良い物沢山貰ってるに決まってるだろというのは分かりきってた

*2:接触系イベントのことは詳しくないので今回は除外します

王子様はサンタクロース ~テニプリバレンタインに捧ぐ~

ゆうパックのお届け先のおまなえ欄に「跡部景吾様」「千石清純様」と書き記す瞬間が一番気分が高揚する。手紙なんて書くだけならいくらでもできるけど、皆が思いを込めて書いたそれは、丹精込めて選んだ贈り物はちゃんと彼らに届くのだという証明が、そこにあるから。

 

 

 

私が初めて「テニスの王子様」にチョコレートを贈ったのは数年前、許斐先生が不二くん宛にたくさんのチョコレートが届いた旨をツイッターで報告した年のことだった。それまでは他人の褌で相撲を取る、ならぬ他人が贈ったチョコの数で一喜一憂する雌猫だったのだが*1跡部様には今年も1位を飾っていただきたいと微力ながら助太刀することにした。元々お菓子と可愛い箱が好きな私は、毎年この時期になると日本橋のデパートに足を運んでいたため何処に行けばどんなものが買えるかを熟知してはいたが、それでも跡部様へ贈るチョコレートを選ぶのには2時間近くかかった。三越高島屋のデパ地下と催事場を2往復した。銀座線で一駅の距離だが無論電車は使っていない。自分が納得できるものを選んだ達成感に包まれていた私には、足の裏にできた肉刺が弾ける痛みなんて微塵も感じられなかった。

 

お気付きのとおり「跡部様に1位を取ってほしい」と言っている癖に、私が贈ったのはたった1個のチョコレートだ。ツイッター上でも森永ダースをダース買いしてそれを更に数ダース送った人や、単品で売られているチョコを自分でラッピングして一つ一つに宛名を書き「1個」のチョコとしてカウントしてもらえるように工夫した人の報告など、あの年は色んな「対跡部対策」「対不二対策」が流れてきた。本当に数にこだわるならそういう人の方が正解だろうし、そこまで金額や手間暇をかけてドカンと愛を伝えるオタクのことが私は大好きだ。でも自分ではそれをやらなかった。毎年贈られるチョコレートの話題を目に耳にする度に、きっと心の何処かで私もいつか王子様にチョコレートを贈りたいと思っていたのだ。

 

他の人に贈り物を選ぶように、跡部様のことを思いながら選んだチョコレート。数の上では何千分の一だけれど、跡部様に贈られたものとしてカウントされる。そして初めて跡部様に宛てた手紙。特定の誰かに向けて文章を認めるのが苦手なので、内容はどうしてこのお菓子を選んだかということが8割を占めていたと思う。それでも跡部様のことを思って一生懸命書いた。不思議な気分だった。紙の中や画面の中、或いは舞台の上という手の届かない異次元の存在の筈の跡部景吾という人間に手紙を書いて贈り物をする。ゆうパックのおなまえ欄に「跡部景吾様」と書いて送っても、宛先不明などで返ってくることなくちゃんと何処かへ、何処かにいる跡部景吾のところへ届いている。まるでクリスマスの夜に欲しがっていた玩具を置いて何処かへ去っていくサンタクロースのように、プレゼントを贈る立場こそ逆であれ、大好きな王子様のところに思いを込めた贈り物は届いている。許斐先生が届けてくれる。これってとっても幸せで、とっても贅沢なことだ。普段は物語を享受することしかできない私たちが、彼らのいる世界を覗き見ることしかできない私たちが、キャラクターへ直接感謝の気持ちや日々の思いを伝えられるまたとない機会。だから私は今年もチョコを贈る。一番好きなキャラクターの跡部様と、最初の王子様である千石さんと、今年はこの一年で(私というよりも友人が)お世話になった観月さん、そしてテニミュが楽しいものであることを10年振りに思い出させてくれた山吹中テニス部にも贈った。跡部様と山吹中へのチョコレートはあっさり決められたが千石さんへ贈りたいと思えるチョコレートがどうしても見つからず、上記の日本橋だけでは飽き足らず銀座の三越松屋にも足を運んだがそれでも納得できず最終的に地獄のような人混みのサロン・デュ・ショコラまで行った。できることならもう来年は日本橋だけで済ませたいが、もし贈りたいと思えるチョコレートに出会えなかったらまた銀座か新宿か国際フォーラムか或いは何処かの会場で押し合い圧し合いされながら王子様への贈り物を買うことになるのだろう。しかし彼らのことを思いながら選んだ便箋にペン先を走らせるひとときの前では、そんな苦労があったことすら忘れてしまう。寧ろ妥協した方が自分に対する後悔も残る。ああまた次も贈りたい、次はどんなチョコレートを彼らのために見つけられるだろうかと、今年のバレンタインが終わる前から来年のことを考えている。

 

 

 

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千石さんのところに、今年も世界中の女の子からチョコが届きますように。

 

 

 

*1:そういうファンの方は結構多いと思いますがテニプリファンの全員が全員チョコを贈るようになったら物理的に大変なことになる(というか既になってる)ので引け目を感じたりすることなくこの調子で一緒にテニプリを楽しみましょう(?)

アニメを見なくなった

アニメを見なくなった。厳密にはアニメを見る本数が減り、6話ほど見た作品でもいつの間にかフェードアウトすることが増え、加えて(私の基準で)俗っぽいアニメ*1を見なくなった。今期、2017年1~3月期で視聴を継続しているのは落語のアニメと将棋のアニメ、この二つは人によっては腐向けだのオサレだのと揶揄してくる部類に入る(視聴している私が女性であれば尚のこと)。他は同じくノイタミナ(笑)と言う人が少なからずいるだろうクズの本懐と、1話を見ただけではイマイチ分からなかったがネタバレを見てこれは面白そうだと2話を見たら主人公が鳥海浩輔(CV悠木碧)だったので視聴を継続することにした幼女戦記と、私の基準で俗っぽいアニメに類するこのすば2期と政宗くんのリベンジだ。このすば相変わらず作画酷いなハハハって笑ってたらOPの作画までかなり溶け気味で流石に制作スタッフの人員とかスケジュールとかを心配した。ガヴリールドロップアウトは2話まで見たが、これ以降はよくある日常系に近しいものになっていくんだろうと、1話のガヴリールの堕落っぷりだけで満足してしまったため視聴継続には至らなかった。うららなんとかも1話だけ見たが、これを見るぐらいならその時間でごちうさきんモザを履修した方がいいのだろうと1話で切った。あとお腹見せ下乳があざとすぎる。

 

上に挙げた視聴中の6作品の中でどれか一つだけ面白いものを選べと問われれば、間違いなく落語のアニメを挙げる。しかし現在放映しているのは2期という続き物なので、1期を見ていなかった視聴者が今期の1話を見てスッと物語に入っていけるかは分からない。あとは将棋のアニメも人物描写や情景描写が好きだ。将棋が分からなくても何ら問題が無いのは、将棋を題材とした作品である以上良しとするべきではないのかもしれないけれども*2。ただこの2つのアニメは、視聴後に「今回も面白かった」とか「来週も楽しみだ」とかそういう感想が浮かびこそすれ、「アニメを見たぞ」という感覚、ともすれば満足感のようなものは得られていないように思う。アニメを見たという感覚。落語のやつも将棋のやつも、動くイラストに声という命が吹き込まれるアニメーションであることには間違いないのだが、この2作品はたまたまアニメとして作られた面白い作品であって(原作は漫画だが)、私にとっては必ずしも「アニメ」である必要性が無い作品なのかもしれない。私がアニメを見るのは平日なら出社前、休日なら外出前か、引きこもる日なら二度寝しなかった午前中が多い。ながら見が基本であり(特に平日なら時間が限られているのもあるが)、休日でも何もしない日*3の時間潰しに見ることが多い。つまり私にとって、抜きん出て好きな作品*4以外のアニメはジャンクフードに過ぎなかったのだ。片手間にポテチを摘むようにアニメを見る。片手間とは言えポテチやピザは「おやつを食べたぞ」「ガッツリしたものを食べたぞ」という満足感は確かに得られる。あと味が大仰で美味というか「ウマい」。同じように俗っぽいアニメ、がっこうぐらし!監獄学園ダイミダラー迷家(これは俗っぽいというよりもなんだかよく分からない、着地点も不明瞭な作品だったが嫌いではない)や競女やVDMや、今期ならこのすばのような作品は視聴後に「アニメを見たぞ」という満足感のようなものを得ることができる。あとこれらのアニメは割と面白かった(ネタ的な意味でも)。しかしこの数年ですっかりそういうアニメを見る頻度が少なくなってしまった。放映されているアニメの本数自体も減少しているのかもしれないが、数年前までは毎朝アニメを2本は見てから出社し、曜日によっては帰宅後にもう1本見るなんてこともあったように思う。丁度1年前の2016年1〜3月期のアニメを調べてみると、僕街プリスト暗殺2期落語1期ラクロジDWグリムガル亜人1期と、物によってはラストの展開を覚えていない作品もあるが完走したもので一応8本と、2クール目も視聴していたHQと松があるため計10本見ていたようだ。それが現在では2クール目に突入した将棋のアニメも含めて6本。1年前のクールでもいくつか脱落したアニメがあったことを考えると、これらのアニメも最後まで完走できるとは限らない。どうして私はアニメを見なくなったのか。

 

一つに考えられるのは、これまでたくさんのアニメを見てきた故に、あらすじやキャラデザを見ただけで「またこの手のパターンか」と大凡の展開や作風を予想できるようになってしまい、単純に言えばアニメに対して「飽き」てしまったということだ。先に挙げたガヴリールドロップアウトの視聴を辞めたのが正にその例だ。みんなの模範の優等生天使が人間界で娯楽を知って、ここまで酷いのはなんだかんだでなかなかいないぞと思うぐらいに堕落するまでは面白かった。しかしその後見た2話ではぐだぐだ系女子(元優等生の天使)と優等生女子(一応悪魔)と腹黒系女子といじられ系女子の、よくある日常系の物語になっていたし、ああこの先もこの作風が続いていくんだろうな、「またこのパターンか」と落胆すら覚えた。朝の支度の片手間にしか見ないようなアニメなら、お決まりのパターンでもとりあえず画面を点けておけばいいだろうに、それすらも私は辞めてしまった。ジャンクフードを食べ過ぎて胸焼けを起こすようになってしまったのだ。歳だ。そう、おそらく私がアニメを見なくなってしまったもう一つの理由は、歳を取ってしまったからだ。

 

つい最近同年代のフォロワーが、「歳のせいか自ジャンル以外のコンテンツへの興味が薄くなってしまった」ということを呟いていた。アニメに飽きてしまった以外にも、私も歳のせいなのか多方面への興味のアンテナが鈍ってしまったのだ。加えて去年の一年間は、自ジャンルであるテニスの王子様が途轍もなく活発で潤っていた年だった。ただでさえヒトフェスチャリティーライブテニフェスと賑わっていたところに、一昨年の末に出戻ってしまったテニミュがあった。目の前に(私にとっての)ご馳走がこんなにあるのにジャンクフード食ってる場合じゃねえ!アニメ見てる暇があるならキャラソン聴きながらおけぴと睨めっこだ!予習をしながらチケット増やせ!という具合だ。そうしている間に私の舌は肥えてしまった(研ぎ澄まされた)──のではなく寧ろその反対で、自ジャンル以外のオタク活動へのアンテナ感度が鈍ってしまったのだ。感度も鈍ってしまったし、興味も薄れてしまった。証拠に私はラブライブサンシャインを最初と最後の数話ずつしか見なかったし、一応全期見てきたペダルの現在放映中の最新アニメもチェックしていない。

 

こうしてオタクは少しずつ漫画やアニメから卒業していくのだろうか。工業製品の如く量産される類似作品による飽きと、自身の加齢による他ジャンルへの興味の薄れ、或いは精神的な体力の減退。特定の作品にハマって浪費するのはテニスだけで充分だとしても、もっと色んな作品を、ジャンクフードを鱈腹味わえるオタクのままで在りたかったなあと、今の、そしてこれからのオタクとしての自分を寂しく思う。とりあえず今はハイスペ幼女のあおちゃんが実はCV鳥海のリーマンなんだぞということに思いを馳せながら、アクエリアス片手に(※これを書いている時の私はインフルエンザで自室とトイレ以外から出してもらえない生活を余儀なくされています)幼女戦記を見ることにしよう。

 

*1:ラノベ原作とかエロゲ原作とか日常系とかおっぱいとか俺TUEEE系だったりトンデモ設定盛り合わせだったりハーレム要素が強かったりヒロインが開始1分半で脱いだり

*2:それを言ったら私の愛するテニスの王子様もテニスのルールが分からなくても何ら問題はないからな

*3:性質がマジモンの引きこもりなので週一で家にこもって何の予定も組まない日がないと死ぬ

*4:気になる方もいらっしゃるかもしれないので一応列挙するとウテナカレイドスターぱにぽに喰霊エルフェンリート妄想代理人など、舞乙HiMEも好きだけど全話は見てないと思うし栗の子には声優業もやってほしかった

元テニモンが3rd山吹公演で出戻って早くも成仏した話


自分語りへのアンサーソングみたいな究極の自分語りです

 

 

 

3rd氷帝公演の大千秋楽の翌日は予め休みを取っていた。元々原作では氷帝が好きで、さらに私をテニモンに戻してくれたキヨスミのいる3rd山吹の最後の晴れ舞台ともなれば精神的にも持たないだろうし、もし本当に凱旋公演をすべて観られるなんてことになったらインドアオタクの身体は物理的にも持たないのは目に見えていたからだ。努力と執念で凱旋公演のチケットを4日分手にした私の5日目の身体は案の定バッキバキで、そんな身体をなんとか起こしてリビングのテレビの前まで持ってきて、これまでの3rd山吹の軌跡を見返しながら一人泣きじゃくったりしていたのだが、気持ちは不思議とふわふわしていた。家から一歩も外に出ない上に、テニミュという長い夢の後の現実味のない一日だったからだろうか。しかし昨日の朝起きていつも通りに支度をして駅まで歩いて電車に揺られながら、自分がテニミュに対して凄くすっきりした気分でいることがはっきりと分かった。成仏するってこういう感じなんだね。

 

 

 

私が初めて3rd山吹公演を観た去年のクリスマスは、本来ならば学生時代に所属していたサークルの定期演奏会を聴きに行く予定だった。登壇する後輩たちや、誰かと一緒に聴きに「行く」という具体的な約束をしていた訳ではなかったが、ツイッターで楽しみだなあと呟いたりしていたし、演奏が聴きたかったという気持ちに一切の嘘はなかったし、会場に足を運ぶつもりも当然あった。しかし私はテニミュを選んだ。

 

その数年前、テニミュ1stの最後を締め括るDreamLive7thの時に、同じ日に行われることになったサークルの新入生お披露目会を選んで死ぬほど後悔し続けていた私は、だからという訳ではないが、クリスマスの日に自分の趣味を選んでしまった。実はそのサークルにはテニモン(当時)の先輩がいて、お披露目会の日取りが決まった時に私は先輩にこんなことを言ったのだ。「私は新入生だからお披露目会に出なきゃダメだけど、私たちのステージよりも、テニミュの最後のチケットがあるならそっちに行ってください」。その言葉を当時の自分にそのままそっくり返してやりたい。結果論かもしれないが今でもテニミュに縛られているのは、テニスの王子様をひたすらに追い駆け続けているのはその先輩じゃなくてお前の方だし、そもそもその時点でお前の方がテニミュを観続けてきた歴史だって長いんだからお前の方こそテニミュの最後を見届けるべきだったんだと、私は当時の自分の言葉を反芻しては長年地獄のような思いを抱えていた。お披露目会の後の打上げ会場で「私の知らないところで私の愛したテニミュが終わっていくのだなあ」とぼんやり思っていたあの日の私の魂は、そのまま現世を彷徨う自縛霊の如く長い間私を縛り続けていた。2ndでも最後までテニモンに戻れなかった私は、このまま普通のテニスのオタクとしてテニミュを広く浅く見届けていくのだろうと、自分に対する諦観すら感じていた。

 

 

 

公演を観た時の話は既にしているので割愛するが、最初の王子様が実体を持って試合をする姿を観て得も言われぬ感情に襲われた私はその日の深夜におけぴに駆け込んで、翌公演のチケットを譲ってもらう約束を取り付けた。こういう時だけ動きが早い。

 

私が最初に観たテニミュはThe Imperial Match氷帝学園の初演(夏)で、そのチケットを用意してくれた3つ上のお姉さんも「実は明日のチケットが余ってるんだよね」と漏らしていた。本当はそのチケットでもう一度テニミュが観たかった。目の前に現われた氷帝学園をもっとこの目で観たかった。しかし当時中学生だった私が夜にテニミュを観るためには母親の迎えが必要であり(そうでないと父からの許可が下りなかった)、その日も小学生の弟を家に置いていく訳にも行かず連れてきた母が電車の中で「明日はもう無理だよお」とへとへとな声を漏らしていたので諦めた*1。この時に譲り受けることが叶わなかったチケットを、「楽しいテニミュをもっと観たい」と思っても手が届かなかったチケットを、公演こそ違えど私は10年以上の時を経て手にすることができたのだ。自分が本当に好きなものを選び、そしてそこに手を伸ばすことができる現在。昔の自分が出来なかったことを、テニミュに対する後悔をひとつひとつ断ち切っていくような経験を私は3rd山吹と共に、知らず知らずのうちにしていたのだ。

 

 

 

そこからは怒涛の日々だった。3rd山吹の東京公演は時期的に許斐先生のライブのことも見越して2公演に抑えておいたが、凱旋公演期間が長かったお陰でスケジュール的にも無理せず(個人的には)そこそこの公演数を観ることができた。公演が始まってからテニモンに戻った故、自力で取ったチケットは一枚も無かったがご縁に恵まれ色んな座席で観劇することができた。段差列の存在を知りそれに喜んだり、アリーナ前方にもかかわらず双眼鏡を構えたり、お見送りでファンサに沸いたり、初めて大千秋楽公演に入ってうっかり円盤に収録されたり、そこに居た私は完全にテニミュを愛する、テニミュを楽しむただのテニモンだった。チムライで偶然キャラクターグッズに気付いてもらえたり、お見送りで会話したり、ドリライでとんでもない席に座って念願のハイタッチが叶ったり、公演◯回記念写真で強火モンみたいなことになっていたり、遠征はしないと言っていたのによりにもよって本公演ではなく縦断イベントのために遠征して幸運にもサインボールまでもらってきたり、巡り巡って座席当選写真を手にすることができたり、1stシーズンではなく現代型の、3rdのテニモンとしてこれだけできればもう充分だろうというほど楽しい思いをさせてもらえた。それこそ本当に凄い人は座席当選どころかサインも複数枚当たっていたり、所謂若手俳優のファンであれば「推しに認知を貰って」ファンサを沢山もらっていたりすることだろう。それでもテニスのオタクの延長でテニモンをやっている私は、これだけの思い出を貰えればもう充分だった。1stシーズンを最後まで全力で駆け抜けられなかった私は、3rdの山吹と出会ってテニミュ3rdを全力で駆け抜けた。だからなのかは分からないけれど、キヨスミや山吹の子は私に沢山の思い出をくれた。氷帝公演も最初の頃は「あー山吹やっぱりコメディリリーフだよねーつらい」とかぐちぐち言っていたけれど、何時の間にか吹っ切れてただの山吹定点カメラになっていた。寧ろ試合の時には観られないような細々した演技や表情から、彼らの考える王子様の像を見い出せるのが楽しかった。東京公演でキヨスミの公演前アナウンスの回に当たれなくて本気で泣きそうだった私は、凱旋のアナウンスこそは逃さないぞと死に物狂いで検索結果に張り付いた結果(凱旋公演の全通を目指した最初の理由はそれだった)山吹が勢揃いする場面も、ついでに前楽での手塚と跡部の最高の公演後アナウンスも聴くことができた。手塚と跡部の名前を聞いて雄叫びを上げるほど興奮した。そんなに大好きな手塚と跡部の試合、氷帝戦シングルス1でも気付けば私は緑色のユニフォームの彼らを目で追っていた。途轍もなく勿体無いことをしているのだろうと頭の片隅でなんとなく考える自分もいたが、そこに一切の悔いは無い。私をテニミュ3rdに連れてきてくれたのはキヨスミや山吹の子であり、私がテニミュ3rdで追い駆けたいと思えたのもキヨスミや山吹なのだから。

 

 

 

氷帝公演大千秋楽の挨拶で、本公演やドリライの時はあんなにぐずぐずだった山吹の彼らはとてもすっきりとした表情をしていた*2。私の記憶から抜け落ちているだけでなければ、彼らは「卒業」という単語を口にせず、おまけにライブビューイング限定映像では「またね」の言葉を残してくれた。もしかしたら本当はおしまいなのかもしれないし、それをキャストの皆は知っているのかもしれない。でも山吹中テニス部の彼らは言葉にしなかった。ミュージカルテニスの王子様3rdシーズンはこれからも続いていくし、それが続いている限りは彼らは3rdの山吹として、確かに存在しているのだ。ドリライの時に、本公演ゲスト公演チムライと経てドリライで綺麗に卒業できるルドルフとそのファンが心底羨ましいと思っていたけれど、その集大成をコートの上で見せてくれて、おまけに再会の言葉まで贈ってもらえた私たち山吹のファンもとっても幸せな終わり方をさせてもらえたんだなあと、本当に、3rd山吹を好きになれてよかったなあと晴れ晴れした気持ちで胸がいっぱいになっている。成仏できたよ。

 

 

 

私はテニミュに於ける自分の好きなキャラやキャストに「○○、テニミュ、楽しいか?」と訊かれて「テニミュって……楽しいじゃん!!!!!」と心の底から答えられるならテニモンだと思います。私は森田キヨスミに「すーちゃん、テニミュ、楽しい?」と訊かれたら笑顔で「テニミュって……楽しいじゃん!!!!!!!!」と答えられますし、このやり取りをどうしても本名でやりたくてリア垢でツイートしたところ何故かふぁぼが付いて嬉しくなりました。テニミュって楽しいじゃん!

 

私が思うテニモンの定義 - しがないオタクがつらつらと

 

山吹のユニフォームに身を包んだキヨスミに「すーちゃん、俺たちと駆け抜けたテニミュ、楽しかった?」と訊かれたら笑顔で「とっても楽しかったよ!テニミュの世界に来てくれてありがとう!」答えられるし、「俺たちもテニミュの世界、とっても楽しかったよ!」と思ってもらえているならいいなと思いながら、とりあえずは土曜日の縦断イベントも楽しんでこようと思う。折角もらったとってもいい席、キヨスミからの最後のプレゼントだと思いながら座ることにする。

 

 

*1:その公演のS1前氷帝コールの後のラケットキャッチで和樹はラケットを掴み損ねて落としたらしいが、冷静に「樺地」と言って樺地にラケットを拾わせるという行動を取り称賛されていたのを物凄く覚えている。土砂降りの雨の日だった。

*2:にしなは泣いてたけど そういうところが可愛いよね 笑