2時間で城を建て上げろ / オクトリーブル「2H ACT」

 

「“演劇が立ち上がる瞬間”を目撃」できるということで、発表時からとーっても楽しみにしていた。しかし聞き慣れない会場名「ルーテル市ヶ谷ホール」を調べると劇場ではなく教会のコンサートホール、すると客席も当然舞台観劇には適していないことが察せられたため、同時にとってもとーっても不安でもあった。不安すぎて念のため防振双眼鏡を持ってきていた。実際に来訪したところ、一応緩やかな傾斜はあり前方だと見やすかったが、後方だとどうなるかは判らない。というのも、後方の時に幸い前席が不在だったため、大きなストレスも双眼鏡の出番もなく一日を終えられた。舞台が物理的に見えないことに因るストレスは、いくら演目や興行がどれほど優れていようが、それらすべてを塗り潰して観劇体験をダメにする。実際今回の主催かつ演出の須賀健太さんも、演劇用の場所ではないから照明やらの使い勝手が普段と異なり、その辺で裏方の皆さんと一緒に苦心した旨を最後に述べていらっしゃった。況んや観客に於いてをや。興行側にとっては演者のスケジュールや適正キャパであることも重要だろうが、観客側からすれば見えないことはすべてを塗り潰すので、この世のありとあらゆる舞台作品に対してはほんとに、ほんとに何卒……という気持ちでいっぱいである。ただ、夜公演で役者がしゃがむ演出を入れようとした際、須賀さんが「後ろの人見えますか?」と言って後方席まで確認しに行ったのが個人的には兎に角好印象で(こんな会場だからこそだったかもしれないが)、その気持ちを一生持ち続けていてほしいとひたすら願っている。

 

催し自体はもう本っ当に期待通りで、実地での楽しさ込みならそれはもう期待以上の一日だった。電子チケットにも台本付きの記載があるとおり、まず入場時に特製クリアファイルに入った台本を渡される。ちなみに脚本は昼夜で異なる。役者も同じものを事前に渡されており、しかし全員の配役通知と個々人で読む以上の準備はおそらく許されていない。最初に一人で登場した脚本の芦沢ムネトさんが、今回の催しに関する挨拶を終えてスイッチを入れる。2時間のカウントダウンは、役者の簡単な挨拶から演目を仕上げるまでのすべてが含まれる。初めに引用したツイートのとおり本読みから始まり、昼は一通り読んでから、夜は脚本が長かったためほぼシーン稽古からの通し(結果として本番)という流れだった。演出家が微細な台詞回しを変えるどころか台詞の担当までもを変えていくのが個人的に興味深く、筆記具を持っていなかったため化粧ポーチからセザンヌのアイブロウペンシルを取り出して脚本との変化点をメモするほどだった。座ったままで言葉と声と向き合う本読みから、立ち上がって実際の動きを詰めていくところ、その上でさらに浮かんでくる台詞の抑揚や些細なニュアンスの擦り合わせという役者と演出に依る構築。それらも然ることながら、暗転明転どこでSEを入れるパネルで何を表す何を遮る、演出と音響照明のいわゆる裏方スタッフに依る組立も目の当たりにすることができたのが貴重な体験だった。ポスターの出演者一覧に名を連ねているのは、実際に舞台に登壇する演出、脚本、そして役者という演劇の土台の部分の人々であり、私も当日を迎えるまではそのことに何の違和感も抱いていなかった。舞台の下の現場に居たのは、演出に指示や依頼を投げられる照明、役者の所作に合わせて音を与える音響。ポスターにいた人々だけでなく、夜公演では昼以上にほぼぶっつけで挑んだ音響や照明スタッフも、今回の催しでは立派な出演者のひとりだったように思う。

 

十数枚の紙の束から一つの演目という城が建ち上がる工程をつぶさに観られる、これもまた「演劇」の粋(すい)のひとつであり、そして私たちが観客という第四の壁を隔てた存在である以上なかなかお目にかかれない光景でもある。それを2時間という一見コンパクトではあるが、しかし役者からすれば衆目の中に放り出されぶっ続けでトイレにも行けない*1、そんなハードな2時間を客席に披露する試みが面白くない訳がない。とまあよくもここまでうだうだと言葉を捏ね繰り回してきたが、公演の最中に今日の感想を自分のためにも残しておきたいと思わせてくれるほど、2H ACTという取り組みが、楽しかったのだ。

 

 

以下は出演者雑感など

 

他の演出家が実際に演出するところを見たことがないから比較のしようがないとはいえ、須賀さんは自らも演技の経験があるどころか登壇者の中で最も芸歴が長いまであるからなのか、言葉だけでなく実際に自分で見せて教えるだとか、演者に対する説得力があった。口だけじゃなくて、「じゃあ、あんたが演ってみろよ」と役者が思うことがないのだろうという説得力。そして演出に対して最も食らいついていたのは秋沢さん。発声や体だけでなく顎のストレッチなど、準備を入念に行なっていたのも秋沢さん。この人が目当てで足を運んだので演技に関して今更言うこともないけれど、その辺の下地が一番しっかりしていたなあと改めて感心した。ほかのゲスト3名も全員別作品で見たことがあり、文メラで夏目を演じていた前川さんが記憶に新しい。ぱっと見た外見から受ける印象に対して声が渋いというギャップがいい。昼夜ともに主人公を任されていたため、逆に個に対する印象が薄いというのが正直なところではある。しかし夏目の時といい、主役感ともまた違った支柱っぽさを感じるので、彼が主人公に据えられるのはものすごく解る。小坂さんは、だいぶ昔のホストちゃんの珠輝を観た時に感じた「顔だけでなんにもできない男」っぽさを思い出させる独自の雰囲気と独特なテンポをお持ちで、筋トレのやり方がどうにも不思議なことになっていたりとそれが昼公演の黒川先輩にも非常にマッチしていた。夜のおばさん役……おばさん!?こんなにやたらスタイルのいいおばさんがいてたまるかと思ったが、松井くんも共演者ながら「食らった」と目を赤くしていたように、私も本チャンのおばさんが成仏するくだりで涙を堪えるのが大変だった。めっちゃよかった……天然とも言えるご本人の雰囲気から一転、演技で他人の心を打つ(打たれる)とはこういうことなのかと……個人的には本日のMVP。食らっていた松井くんは松井くんで、あっさり成仏するギャル男で今日イチの笑いを掻っ攫っていった。夜公演のギャル男は本人も十八番でーすウェーイ⇑⇑みたいな感じで演じていたが、個人的には昼公演の君島が、あのメンツの中でもっともまんがタイムきらら的雰囲気を担っていたのを評価している。あの子だけ明らかに4コマ漫画育ちの萌えの波動を感じた。一方秋沢さんはハイスクール奇面組であった。桧山さんはゲストではなくオクリブの方だが、特に昼公演の店長が格別によかった。あれは最後の店長が一番上手でないと話が締まらず、最初に須賀さんにめためたにダメ出しされてたとは思えないぐらいにうんざり疲弊した店長を演じきっており、最後に暗転の中でぼこぼこにされてしまう姿も含めて2時間の締めに相応しかった。2H ACTという興行そのものの面白さは当然のこととして、舞台を観た時にこの人なんか好きじゃないなと思ってしまう出演者が一人もいなかったのも、演劇イベントとしてかなり強かった。このようなイベントに呼ばれ、出ることを選ぶぐらいなのだから、演技に対して真摯である人たちだったのだろう。

 

 

 

芦沢さんがこんなこぼれ話をしていらしたのでそれを真似させていただくと、記事のタイトルの「建て上げる」にはキリスト教的な意味合いもあるということで用いました。今回の会場が教会に因んだ場所だったので。

 

*1:前川さんは夜公演、自分のターンに区切りがついたところでお手洗いに抜けることに成功していたが、実は昼公演の終盤で秋沢さんもお手洗いに行きたい旨をぽろっと漏らすもトイレにはありつけなかった。言葉は漏らしたけどトイレは漏らさないでよかった