「○○を見てください」ムーブの傲慢さとそれを解決する唯一の方法

「○○を見てください」。漫画やアニメ、またそういったカルチャーに触れている人間なら目にしたことがあるだろうフレーズ。「○○」には任意の作品が入る。その言葉を口にする人は、その作品の良さを知ってほしい・共有したいという純粋な思いのみの場合もあれば、作品やジャンルの延命のためになんとしてもファンを増やさねばならないという一種の使命感に基づいている場合もある。私は前者だった。匿名メッセージで「HiGH&LOW(以下ハイロー)」シリーズを薦められた私はまんまとハマってしまい、現在公開中の映画「HiGH&LOW THE WORST(以下ザワ)」を薦めた本人よりも観に行っているという坩堝の真っ只中に居る。そして薦められる側から薦める側、つまり「ザワを観てください」と言う立場の人間になったのだ。何故ならザワはハイローシリーズを知らなくても単品で楽しめる作品であり、現在公開中でちょっとしたムーブメントも起こっているためとても薦めやすいからだ。


しかしザワは映画である。映画を観るためには映画代を支払い、その前に劇場まで足を運ぶための交通費や時間も要する。「観てください」と言うのは簡単だが、それを受け取った側には何らかの「犠牲」が生まれる。時間であったり、金銭であったり。「○○を見てください」と言うのはタダだが、じゃあ実際に「○○を見てくださ」り、その上でツイート等で感想を述べてくださった方へお前は何をしてやれるのか。答えは簡単だ。お前もそれ相応の対価を返す、つまり「○○を見」るのだ。

 

 
すると本当に観に行ってくださった方が現れたのだ。彼女は上記のツイートよりも、私の別のツイートによってザワへの興味が生まれ、2時間の映画を観て匿名メッセージで感想まで送ってくださった。とてもシリーズ初見とは思えない感想だったので、是非公開してほしいと提案したところご自身のブログで公開してくださった。

 

 

inclusionbox.hatenablog.com


オタクは新規の感想が大好きだ。フォロワーも言っていたが「新規はジャンルの宝」である。あのこれほんとに解りやすくて最高の感想文なのでハイローやザワをご存知ない方も読んでください(突然の素)

 

 


そして同じように彼女の好きな作品を薦められた。私もまた劇場へ足を運んだりレンタルショップへ駆け込もうと思っていたが、薦められたのは現在無料公開中の作品であった。なんと粋な計らいだろうか。


劇場版「蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH」【期間限定】

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となれば私がやるべきことはひとつしかない。同じように薦められた作品を視聴し、感想を認(したた)めることである。ここまでされたんだぞ!!!(佐智雄)


以下に綴る「蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH」の感想は、HiGH&LOW THE WORSTを実際に劇場でご覧頂き、その上素晴らしい感想まで送信・掲載してくださったはるよし様に捧げます。そのため、当記事のタイトルにはあえて作品名を記載しておりません。

 

 

 

 

 

蒼穹のファフナー」という作品については、その名前と「ロボットもの」「割と鬱」「あなたはそこにいますか」「平井久司キャラデザ」「黒髪と金髪の男の子」程度の認識でした。もともとロボットものを見ないタチのため、主題歌(Shangri-La蒼穹は一時期カラオケで歌っていた)以外は完全にスルーしていました。今回も、公式サイトやWikipediaなどの事前情報一切無しで視聴いたしました。そのため情報や記述に間違いが見られるかもしれませんが、ご容赦ください。

 

この作品の「オタク」を称するためには、作品の世界観そのものへの理解のみならず、北欧神話(もしくはドイツ数字が出てくるためゲルマン神話)、ギリシャ神話、聖書などへの知見を広げなければならないことを察してしまい、オタクの苦労(と楽しさ)を考えると思わず頭を抱え込みそうになりました。作品の存在自体は放映当時から知っていましたが、当作品を見始めてから数十分経った頃に出てきた「ノートゥング」の単語を耳にした瞬間、タイトルの「ファフナー」が北欧神話の「ファフニール」から取られていることに初めて気が付きました。先に出てきた「ブリュンヒルデ」は漫画やアニメ作品の頻出ワードなのでスルーしましたが、ノートゥングはあからさまです。この単語が作中で何を意味するのかまでは動画を遡れなかったのでWikipediaをざっと読んだところ、ファフニールファフナー)を殺すための剣の名をファフナー(機体)のモデルの名称にし、またそのモデルに搭乗するためには早世する遺伝子(フェストゥム因子)を保持していなければならないという設定がなかなかにエグいと感じました。アニメ的な表現では、灯篭(いのち)を流すシーンの後に総士の声を聞く一騎の背景にずらりと並ぶ提灯(≒灯篭=いのち)の描写が、まだ発達しきっていないひとりの少年の両肩に重く圧し掛かる島民の生命のように見えて、この後の彼の宿命を暗示しているように思えました。


物語のキーワードとして「島・ロボット・群像劇・少年少女」があるそうですが、私が当作品で強く感じたのは「親子の絆」と「己の存在をどう定義するか」というテーマでした。前者については、美羽と弓子、カノンと容子(調べたところ養子なんですね)、里奈・暉と祖母の行美といった世代も形も異なる親子関係(主人公である一騎とその父親にしてアルヴィスの司令官である史彦・半分フェストゥムと化した母親の紅音に関する描写は、当作品からはあまり感じ取れませんでした)。特に容子がミールのコア(?)たる織姫の成長期の不安定による心身障害を起こして倒れた時の、カノンの狼狽し口元を押さえる表情が、一番私の精神に訴えてくるものがありました。私自身も家族、特に母親を大事に思っているので、母親を失うかもしれない恐怖に直面するカノンの心情が非常に刺さりました。初見(喫茶店のシーン)でカノンに一目惚れした所為もあるかもしれません。胸が無かったら男か女か判らなかった。


「己の存在をどう定義するか」については、「あなたはそこにいますか?」という当シリーズに於ける一種のキャッチフレーズそのものだと思います。「自己」というのは確かにそこにいます(ここに在ります)が、それをかたちどる・裏付けるのは「どう感じるか」「どうする(したい)か」「どこにいる(帰属意識を置く)か」などの目に見えないものです。「帰属意識」は、「好きなものでしか「自分」を語れないことが如何に空虚であるか」みたいな言説を目にすることがありますが、しかし人間は「自己」を語る上で、己がどのような立場であるか、どこに所属しているか、「どこにいるか」という観点から語るのが最も他者に伝えやすいのです。例えば私であればテニスの王子様の千石清純が好きで、今はハイローの轟洋介に骨抜きにされていて、といったように。実際に「何処に居るか」という意味で言えば、操縦者である少年少女らの「必ず(生きて)島に還る」という実際に存在する場所への帰還への意思も、一種の帰属意識の表現かもしれません。当作品で初めて登場した操も、自分はあくまでも「アルヴィスとは異なるミールに属するフェストゥムで在る」という立場からものごとを考え、ミールの「指」としてそれを人間へ発信する役目を負っていると自らを定義していました。しかし新人4人に機体の操縦を教える時の先輩(真矢?)の「ファフナーは搭乗時間が長くなると搭乗者への同化現象が起きる」のような発言にもあったとおり、その帰属している何かに自己が呑まれてはいけない、アイデンティティを求めすぎてはいけないということもしっかり描写されていたので、メッセージ性の強い作品だと感じました。

 

「どう感じるか」「どうする(したい)か」も、その操と主人公である一騎のやり取りによってとても解りやすく受け取ることができました。操は、今まで人類が想像していなかった「空が綺麗」という「個(自己)」としての感情(どう感じるか)を持つフェストゥムであり、一騎たちとも戦いたくないと思っていますが、結局ミールの「指」でしかない自分はミールの意思を伝え従うべき(=帰属場所への埋没、自己が呑まれている)だと一騎の意見を跳ね除けようとしました。しかし一騎の「ここにいるお前はどうしたいんだ!」というような問いかけと一騎討ちの果てに、彼は自分の願い(どうする(したい)か)に基づいて人類軍の核攻撃を退けたのちに転生しました。この転生はWikipedia曰く「ミールからの祝福」だそうですが、「変化する(及び変化することへの祝福)」というテーマはザワでは主に轟洋介と村山良樹の成長が、またハイローではMIGHTY WARRIORSという敵組織のアタマであるICEの決め台詞に「Change or Die(生まれ変わるか、それとも死ぬか)」というものがあるので、二つの作品群には「青年期の人間の成長を描く」という思わぬ共通点があることを最後に見つけて少しにっこりしました。


オススメしていただいたもう一本はまだ見ていないのですが、その前に作品への一定の知識を蓄えた今の状態でもう一度HEAVEN AND EARTHを見返したいと思います。「変性意識」のあたりは、もしかしたらアニメ1期を見ていないと解り難いのかもしれませんが非常に興味をそそられたので(特にカノンの「獲得した居場所が脅かされる危機感」による怒りの感情)、一時停止してWikipediaと反復横跳びしながら確認したいです。本当にジムで1時間半有酸素運動しながら顰め面で見ていたもので……。再三になりますが、この度はありがとうございました。私の感想(なのだろうか)で、はるよし様も少しでも満足していただければ幸いです。