希望ヶ丘団地(絶望団地)に見る貧困と「教育」と「オトナ」の存在

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HiGH&LOW(以下ハイロー)の世界はまさにこの「低学歴の世界」であり、それをより色濃く感じさせられたのが、鬼邪高という「高校生」たちにスポットライトを当てた現在上映中のHiGH&LOW THE WORST(以下ザワ)である。

ハイローの物語は、これまでSWORD地区のみに焦点を当ててきたため、物語全体のヤンキーファンタジー性が強かった。しかしその中でもホモ・ソーシャルやミソジニー的な側面を見い出し、議論とまでは行かずとも何らかのかたちで考えを表わす人もいた。

 

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同じように私は、今回ザワで新しく隣町から「希望ヶ丘団地」設定及び幼馴染組が登場したことにより、「低学歴と高学歴の世界の溝」をまざまざと見せつけられたように感じた。

 

 


ハイロー上で「高学歴の世界」に属する人間は、公式設定で実家が裕福、かつインテリ風な見た目から頭脳もそうであるとファンから扱われがちな轟洋介(鬼邪高)・大学に通っているノボル(山王連合会)・そして他の幼馴染たちから「絶望の希望」と称された、秀徳学園という名門校の成績学年トップを張る桐原誠司(幼馴染/団地組)である。しかし誠司が幼少期を過ごした希望ヶ丘団地は「そこに住んでるほとんどの家族は貧しくて、両親はみんな共働き」「オトナが不在の団地にはルールが無く、次第に事件や事故が増え、いつの間に棟ごとに呼び名(殺人棟・首つり棟など)がついた」「団地は自然とワルの溜まり場となり、いつからか、通称「絶望団地」と呼ばれるようになった」*1と元団地在住のジャム男や司が発言したとおり、貧困に伴う治安の悪さが窺える「低学歴の世界」にあった。現在は絶望団地の殺人棟が牙斗螺の本拠地になっていたように、幼馴染組や鬼邪校生含めザワの物語に関わる人物は誰も住んでいないと推測される。

 

 


ここで一度彼らの幼少期(小学校中学年ぐらい)の描写について言及しよう。幼馴染の彼ら6人はランドセルを背負ったまま、外で元気に遊んでいる。そしてサダ婆が経営する駄菓子屋に寄り、仲良く曲がったきゅうりを食べる。日が暮れるにつれ、年が近い他の子には親が迎えに来るが、彼ら6人のところには誰も来ない。

 

まず一つ目、彼らが遊んでいるのが「外」であるという点。おそらく彼らは常に外で遊んでいる。家に居ても何も無いからである。ゲームも無い。お菓子も無い。またセーフティネットたる親という「オトナ」もいない。例えば私が子供の頃は、外で遊ぶ時もあれば誰かの家で遊ぶ時もあった。誰かの家で遊ぶ時は基本的にその子の親が家に居り、お菓子を出したり時間に気を遣ったりしてくれるものであった。かつ我が家では「親の不在時に友達を家に入れてはならない」というルールが敷かれていた。保護者の目の届かないところで何かが起こっては双方が困る(≒治安の悪化)からだ。実際に私は家でクラスメイトにポケモンカードを盗みかけられたことがあるが、母が「どうして二人でトイレに入ったの?」と楓士雄よろしく問い質したためイーブイのカードは無事私のところへ戻ってきた。ちなみに彼女は高学年になっても他の子のアイドルのブロマイドを盗み一悶着起こしている。それはさておき。幼馴染組にとって、「家」は寝食時以外はセーフティネットとして機能していなかった。幸いサダ婆の駄菓子屋があったため、セーフティネットと共に「お菓子」を得られた彼らはまだマシな方である。しかし「ゲーム」は無い。ハイローでゲームをプレイしている描写があったのは、実家が裕福な轟洋介(中学生当時)である。鬼邪校の定時制でもゲームはジェンガという非常に原始的な「おもちゃ」や「全日ステークス」という食券を賭けたギャンブルなので、ハイローの世界でゲーム機を手にすることができるのは富裕層の一部ということになる。

 

次に二つ目、「親ガチャ」について。幼馴染組の現在を改めて比較すると、才を見込まれ随一の名門校に入学し学年トップの成績を誇る誠司、お嬢様学校と呼ばれる清邦へ進学し吹奏楽部のキャプテンを務めるドカ、鬼邪校という屈指の不良が集まる学校でテッペン狙う楓士雄、社会人として鳶職に勤しむ尾々地兄弟、そして最近姿を見せず悪い噂しか聞かない新太(後述)となる。加えて「団地組」は彼ら以外にも存在する。鬼邪校で轟一派の辻・芝マン、ヤスキヨ一派の泰志・清史、そして楓士雄と彼と行動を共にする司・ジャム男である。このうち「高学歴の世界」へ行ける可能性がある(大きい)のは、言わずもがな誠司とドカである。誠司は幼少期時代から既に服装が一人だけ品の良さそうなものを身に着けていたため、親も絶望団地を出られるだけの稼ぎがあり、加えて息子に適した教育を施すことができたのかもしれない。幼少ドカの服装はペラいTシャツにオーバーオールだが、男勝りな娘の性格を心配した両親の計らいで高校はお嬢様学校に通っている。最初は誠司が上記の匿名ダイアリーの人物に最も近いと思っていたが、実はドカこそが「高学歴の世界に足を踏み入れることができた低学歴の世界の人間」なのかもしれない。対して団地組のうち鬼邪高校の彼らはどうだろうか。鬼邪高校は「金さえ入れれば誰でもOK」の学校であり、全日制は学年制度と卒業制度が機能しているが*2、授業はほぼ行なわれていない(あるいはあっても受講していない)ものと考えられる。そんな学校への入学や転入を許してしまう親というのは一体何なのか*3。鬼邪校への入学は、はっきり述べてしまえば子供の未来を潰しかねない。特に隣町からわざわざ来るような団地組。何故子供を鬼邪校へ入学させた。そこにはやはり「貧困」があるのだろう。経済的な貧困、そして知識や経験的な貧困。ザワを見ていると、例えば司やジャム男は一定の教育を受けられれば大学進学は可能な学力があるように見える。しかし鬼邪校を卒業した彼らに「進学」の道が開かれているのかと問われれば、首を縦には振りづらい。もっともそれがすべてではないということを作中で言ってくれるのが他でもない優等生の誠司なのだが。しかし司やジャム男、あるいは新太が進んで「低学歴の世界」を選んでいるのかと訊かれれば、そうではないと思う。彼らの前には曲がった道しかなかったのだ。だから新太はレッドラムの売買に手を出すしかなかった。


次の話に移る前に、先に触れた「服装」について少し掘り下げたい。ザワで全日の彼らが着ている衣服だが、一番お金をかけていそうなのは、Gジャンの下に少なくとも2枚はおしゃれ着を着用している辻と、コーデュロイのジャケットを羽織っている芝マン、つまり轟一派である。轟一派は轟がゲームをプレイする描写があったこともあり、二次創作でも三人仲良くゲームを嗜む描写(ツイート)をする人が多い。これは強ち間違ってはいないと私は推測している。辻や芝は他の生徒よりも衣服に金を割ける、つまり他の生徒に比べて金銭的余裕がある。それに友人というのは金銭感覚もある程度似通っていたりするもので、富裕層設定付きの轟に最も近い彼らは鬼邪校の団地組の中でも比較的裕福である可能性が高い。楓士雄は如何にもなヤンキーの風体のひらひらしたシャツ、司が牙斗螺戦で着ているシャツは実物はとても高そうだが、設定上「高い服」ではないだろう。泰志もシャツにタンクトップ、清史もアロハシャツみたいな半袖と、辻や芝に比べると非常に薄着である。他のモブは学ラン+トップスとシンプルなつくりのため、特に設定は付与されていない。余談だが学ラン+白シャツの轟はあれが正装であり、また余程の強敵でない限りはシャツの裾がズボンから出ることはない*4という設定がある。

 

 

 

ここからは貧困と「オトナ」の話になる。新太は癌の母親の治療費を稼ぐために、やむなく牙斗螺に取り入りレッドラムという危険ドラッグの売買に手を染めることになった。ところでこの構図は既にハイローの中に登場している。無名街の長であり謎の病を抱えるスモーキーを医者に診せるため、レッドラムの製造に手を染め大金を掴もうとしたシオンである。シオンは家村会というヤのつく人たちの金に手を付けてしまったため無名街から追放され、また彼が救いたかったスモーキーも結果として助からない。無名街には「オトナ」がいなかった。スモーキーが最後にシオンへ「無名街に生きる人間は、名前も何も持ってない。(中略)お前にとって一番安全なのは、この無名街から出て行くことだ」*5と諭したとおり、無名街には多数の「成人」こそいるものの、彼らを導き時には金という圧倒的力で救える「オトナ」がいなかった。スモーキーですらも、自らのテリトリーである無名街の中で彼を「赦す」あるいは「救う」ことはできなかった。

 

その「オトナ」が居たのが新太である。幼馴染組の物語は、諸悪の根源たる牙斗螺を倒してハッピーエンドとはならない。新太の母親の治療費を工面できなければ、彼が悪事から足を洗ったところで何も解決しない。ここで幼馴染の中で社会人という「オトナ」に属する尾々地兄弟が満を持して登場する。彼らは母親と3人で暮らす家を建てるために貯金してきた300万を、通帳と判子ごと新太に差し出す。現実的な話として癌の母親が300万弱で助かるのかはどうでもいい。新太は尾々地兄弟によって救われ、また牙斗螺戦のラストで楓士雄が新太にトドメの一発を与えようとした時に、尾々地兄弟がそれを止めに入ったことにより赦された。これは拳を振りかぶった楓士雄も同様である。まだまだ高校生という子供である幼馴染の彼らの傍には「オトナ」がいた。

 

新太の物語は、ドラマで救われなかったシオンのifストーリーなのではないかと私は考えている。轟が村山の歩んできた道を違った角度でリフレインするのと同じように、繰り返される物語。また、ザワ自体はいよいよ鬼邪校を退学し社会に出た村山も含め「オトナ」になること、外の世界へ旅立つことへの祝福も込められていると思う。ハイローは人間賛歌だというフレーズを何度かネットで目にしたことがあるが、私はそれを今回のザワで一番感じた。村山さんも仕事始めたし、私もそろそろ社会復帰するか~~~~~~~(※無職)

 

 

 

*1:HiGW&LOW THE WORST EPISODE.0 第3話

*2:定時制は5留で一流なので年齢的な「オトナ」がごろごろいる

*3:高学歴の世界からわざわざ低学歴の世界へ下りてきた轟洋介については散々語り尽くされているかと思うため割愛

*4:

シネマスクエア vol.114 [木村拓哉「グランメゾン東京」] (HINODE MOOK 559)
 

*5:HiGW&LOW ~THE STORY OF S.W.O.R.D.~ season1-8話