テニミュで第四の壁を「破壊」したのは3rd千石清純

2.5次元舞台」を観たことがないオタクがその単語を聞いた時、それを「キャラクターあるいは役者からのファンサービスを求めるためのもの」と想起してしまう人も少なくないだろう。実際にミュージカルテニスの王子様では、カーテンコールの後に本編とは異なる世界観(テニスラケットの放棄)でもって歌い踊り、約半数のキャストが客席へ降り、人によっては通路席の観客とハイタッチをする。DreamLiveテニミュ版ガラコンサート、通称ドリライ)でも同様である。ミュージカル刀剣乱舞は、第1幕が物語性のある演目、第2幕がアイドル性のある演目となっており、その第2幕で観客はファンサービスを求めるうちわを胸元に掲げることが許されている。当然、通路を練り歩くキャストがそれに応じたファンサを行なうこともある。

 

 


演劇用語には「第四の壁」というものがある。

ステージ後方の第一の壁、上手の第二の壁、下手の第三の壁、そしてステージと観客の間にあるとされる架空の壁が「第四の壁」である。
映画における「第四の壁」の意味とは?

 

 

 

テニミュは最初から第四の壁を「取り外し」ている。初演と不動峰公演では、不二周助役にしてアニメのEDを歌っていたKimeruさんが、本公演の後にその曲「You got game?」を歌う。その間他のキャラクターはダンスをしたりキャラクターとしての一面を見せたりし、最終的に一部の通路を通り観客とハイタッチを行なう。ハイタッチは、1stシーズンでは初演と不動峰公演のみで行なわれた慣習であった。また聖ルドルフ公演では通路を、トリオが試合会場へ向かう途中で迷子になる「道」としたり、大石のペース配分により調子を取り戻した菊丸が「コート」を縦横無尽に駆け回る様を通路へ飛び出すことによって表現したり、舞台の一部として利用している。

 

テニミュは再度第四の壁を取り外す。1stシーズンの関東氷帝公演(再演/冬)で新たに追加された、アンコールソングの『On My Way』である。カーテンコールが終わり、2代目青学の卒業バラードが披露され涙する観客もいる中、一向に点かない客電。明らかに「終演」ではない気配の中で舞台上がぼんやりと明るくなり、これまたぼんやりとしたイントロが流れ「俺達はどこへ行くのだろう」と舞台を行き来しながら歌い始めるキャストたち。イントロを歌い終え再び登場した彼らはラケットを持たず、代わりに各々の利き手にキラキラした物(きらきらミトン)を嵌めて踊り出す。歌詞の内容は「コートを蹴って握りしめるラケット」とあるように、あくまでも「テニスの王子様」の世界を表しているが、これは「テニスの王子様」の本編ではない。また、曲の途中からキャストの約半数が劇場の通路へと降り、観客のすぐ近くでダンスをしたり客席へ手を振ったりする。曲の終わりが近付くと彼らは一斉に舞台上へ戻り、ラストの音に合わせて全員で見事な大の字を決めて終わる。飛び交う「ありがとうございましたー!」の声と、キャストが笑顔で手を振る中降りる緞帳。今でこそアンコールとして定着しているこの慣習だが、リアルタイムでその瞬間に立ち会った身としては何が起こったのかよく分からなかった。しかし当時まだ義務教育すら終えていなかった私にとっては、面白かったし楽しかったし、何より嬉しかった。On My Wayはその後、簡単なコールアンドレスポンスを含む『F・G・K・S』という新曲に変わるが、そこでも彼らは同様にラケットを握らず舞台上で、あるいは通路へ降りて歌を歌いダンスを踊った。その時通路は「何処かへ続く道」でも「コートの中の一部」でもなく、純粋な「客席の通路」として存在していた。今となっては長い歴史を誇るテニミュだが、テニミュは初期から「第四の壁」を取り外していた。

 

さらにこの慣習は、2ndシーズンで第四の壁を「崩し」にかかってくる。2ndシーズンの最初を飾るアンコールソングとして用意された『Jumping Up! High Touch!(通称ジャンハイ)』は、その名の通りテニミュがアンコールでのハイタッチ(=キャラクターとの接触)を本格的に解禁したことを表している。今までは通路に降りて踊ったり手を振ったりするだけだった彼らが、こちらへ手を差し伸べてくるというのだ。それも初演のようにごく一部の客席を練り歩くのみならず、1階席や2階席にまで、それぞれがある程度のルートに従い当番制で回ってくる。ドリライでも同様であった。当時の私は諸事情によりテニミュを観ていなかったが、ハイタッチ解禁の噂を聞き「テニミュも遂にお触り解禁か!!」と、同じようにテニミュから一線を引いた友人と笑っていた。その後私は再びテニミュを観るようになったが、通路を使った演出も引き続き残っていた。


アンコールソングとそれに伴うハイタッチは、3rdシーズンでも最新の『スマイルアンドティアーズ(通称スマティア、もしくはトンチキ過ぎる歌詞を引用して「ふわふわ」と呼ばれている)』まで受け継がれている。3rdシーズンで見事にテニモンへと返り咲いた私も、幾度となくその恩恵に与ってきた。彼らに触れるその瞬間、「観客」である私たちと「キャラクター(役)」であるキャストの次元や存在する時空は一致している。テニミュには最早「第四の壁」は無いように思われる。しかしここまで来てまだ言及していない「壁」がテニミュにはある。

 

 


アンコールソングやドリライでの客席降りによるハイタッチや何らかのかたち*1での観客との接触は、「テニミュ」ではあるが「テニスの王子様」ではない。分かりやすく言えば、ハイタッチ及び観客へのファンサービスはたとえ「ミュージカルテニスの王子様」の中で行なわれているものだとしても、「テニスの王子様」という物語ないし文脈の中には存在しない。それらは物語、あるいは本編の「外側」で行われてきた。

 

その垣根をブチ壊しにやってきたのが3rdシーズン山吹公演*2の千石清純だった。彼は自身の試合の中で『ラッキー千石』という持ち歌を歌う。何故ならこれはミュージカルだからだ。しかしそのミュージカルで展開されているのは「テニスの王子様」の物語であり、原作と等しい本編である。その曲の途中で、彼は「じゃじゃーん!」と壇くん特製ラッキーおみくじを持ち出し、あろうことか客席の女の子たちに割り箸でできたおみくじを引かせる。比喩ではない。本当に割り箸でできたおみくじ*3を引かせるのだ。「はいどうぞ!大吉!」「はい!大吉!」「みーんなラッキーだねえ!」 遂にテニミュは3rdシーズンの千石清純を通して観客を「テニスの王子様」の物語の中へと引き摺り込んだ。その時TDCホールの通路は道でもなくコートでもなく、それどころか最早何の意味も成さず、3rd千石はそこに居る私たちを「都大会決勝戦を観に来た女の子*4」と定義した。彼は舞台から通路へと続く階段を、テニスコートと観客席を遮るフェンスであるかのように飛び越えて、自らが大好きな女の子たちとの接触を果たした。彼の福音を受けたのはおみくじを受け取った(=舞台が終わっても手元に試合の聖遺物が遺されている)特定の人物だけではない。彼は自らの試合中に客席へ現れ、周囲を見渡しながら「みーんなラッキーだねえ!」と言う。これを第四の壁の「破壊」と言わずして何と言おうか。あの瞬間私たちは「テニスの王子様」の世界に存在したのだ。3rdの千石清純という存在を拠り所に。そしてまた千石清純も、「この世の女の子」たちと同じ次元に存在した。自らを演じる俳優を依り代として。

そもそも「おみくじ」なんて物はテニスの王子様の物語に登場しないのでは?という反論に対しては、テニスの王子様公式ファンブック40.5巻の235ページに「ラッキー練習くじ」が登場する。山吹中テニス部にはおみくじが存在し、またそれを引くのは千石のみである。よってテニスの王子様の世界には千石清純専用おみくじが存在する。

 

以降もテニミュ3rdは第四の壁の「破壊」を続ける。比嘉公演では、開演してすぐに知念と田仁志が通路から登場する。そして周囲の人間(その時横にいた観客)に気が付いた知念は上体を歪に傾げ、「あい、いたの? 小さすぎて見えなかったさぁ」と言う。この台詞は、原作では知念の対戦相手である葵に向けられたものであるが、他校同士の試合はテニミュでは描かれない*5ため、座っている観客を葵の代替とすることによって知念の異様な背の高さを表現した。そしていよいよ主人公たる越前リョーマの登場だ。四天宝寺公演では、幕が開けてすぐにリョーマが通路を歩いてくる。その道中にて出会った女の子(開演前にスタッフに指示を受け、アイテムを渡された観客)がリョーマにおにぎりを渡し、彼は一応の礼をして去っていく(舞台へ上がる)。これは女人禁制を貫いているテニミュ原作のヒロイン(女性)である竜崎桜乃の行動を暗示したものであり、選ばれた観客はその代替として存在する*6テニミュは、3rd千石にラッキーおみくじを持たせ舞台のみならず観客をも物語へと引き込んだように、第四の壁を破壊し劇場を物語へ吸収することを覚えた。テニミュに於いて第四の壁の「破壊」ができるキャラクターは、性格や物語上での役割を考えると一部に限られるだろう。その始めの一手として、観客の大半を占める「女の子」が大好きな千石清純はまさに打ってつけの存在だった。

 

 

 

タイトルからはやや話が逸れるが、DreamLive2016の千石に纏わる話をしたい。

 

DL2016では菊丸が「大石おまたへ!充電完了だよーん!」と言い放ち、自身の曲である『チャージ・アップ』を歌う。その時の衣装は頭に羽根飾り、キラキラの衣装とまるでアイドルのようであった。しかし彼は、自身の出番が終わった後のテニミュージックステーションの演出がなければ「アイドル」とは定義されない。菊丸はあくまでも自身を探す大石のために舞台上に姿を現し、その後に客席を煽ったりアクロバットを披露したりすることにより「アイドルのようなもの」となる。そして曲が終わり彼が捌けた後の演出「テニミュージックステーション」によって、初めて菊丸は「アイドル」と定義される。テニMステの茶番が終わり、スクリーンの中でいよいよ「今週の第1位は!?」とザ・ベストテンさながら曲のタイトルがぐるぐると回転を始める。ここで『チャージ・アップ』と共に表示され、見事1位を飾るのが千石清純の『ラッキー千石』だ。この時千石は全身スパンコールの真っ赤な衣装を身に纏い、始めから「アイドル」としてステージの上に登場する。その上彼は、テニミュ3rd初のサインボールをステージから客席へ放つ。曲の途中にラケットで打ち、最後には「ラッキーバズーカ」を持ち出して日によっては2階席まで飛ばす。実際にこの時の演出について、3rd千石役の森田くんはイベント*7で「近藤真彦さんをイメージしてと言われたので色々曲を聴いた、『愚か者』とか*8」と述べている。テニミュは3rd千石に「第四の壁」を破壊させた後に、「アイドル」としての役目を負わせた。

 

アイドルとは、「偶像」「崇拝される人や物」「あこがれの的」「熱狂的なファンをもつ人」を指す英語(idol)に由来する語。
アイドル - Wikipedia

 

山吹公演で第四の壁を破壊し試合の聖遺物(おみくじ)までもを観客に遺していった千石清純を、テニミュDreamLiveで「アイドル(偶像)」と定義することによって、再び他のキャラクターと同じ次元に引き戻した。しかもここでもサインボールという「聖遺物を遺す」手法により、千石は私たちとは別の世界の存在であると提示してくる。テニミュは千石に本公演で第四の壁を破壊させながらも、DreamLiveというテニミュ文脈の中でこそあれど、千石清純というキャラクターの「神性」を守ったのだ。

 

今後もテニミュがどのような技巧を用いて「テニスの王子様」の世界やキャラクターを魅せてくれるのか、「ミュージカルテニスの王子様」の一ファンとして、とても楽しみである。

 

 

 

 


最後に。
3rdシーズンのみならず、すべての世界の千石清純くん。誕生日おめでとう。君の人生がこれからも健やかなものでありますように。

*1:2nd四天宝寺公演で謙也が侑士と電話する際に、謙也が侑士に言われるがままに電話を客席に差し出す「パターン」があるが、これは「日替わりネタ」というキャストが考案した「テニミュ」の文脈上で行なわれたものとする

*2:ただし東京凱旋公演に限る。しかし円盤に収録されているのは大千秋楽及び前楽といずれも東京凱旋公演のため、実質後述の演出が「正史」となっている。このような現象は現在のテニミュではよくあることである

*3:「壇くん特製」の名の通り、おみくじを引いたお客さんが怪我しないように丁寧にやすりがけをして赤く色を塗っていたのは壇役の佐野くん(山吹公演DVD・BD購入者特典イベント東京回より)

*4:客席には勿論男性客もおり、また最近の体感としてその割合は増えつつあるが、千石清純は公式設定で「この世の女の子ぜんぶ」「もっと可愛くなりそうな子」が好きなタイプであり、私の観測範囲内では男性客にはおみくじを引かせていない

*5:同公演の佐伯vs甲斐を除く

*6:1st・2ndシーズンでは青学の1年トリオが日替わりで桜乃に扮装した

*7:DL2016のDVD・BD購入者特典イベント

*8:個人的な感想だがおそらく演出やスタッフがイメージしたマッチは『ギンギラギンにさりげなく』や『ハイティーン・ブギ』の方であってそっちじゃない。しかし3rd千石及び森田くんが時折覗かせる“闇”のことを考えると、彼がその選曲に行ってしまったのは自然の摂理なのかもしれない