つぶやくにはながいこと

ツイッターのおまけ

君の輝きを観る

数多く存在する王子様たちの中で、跡部と忍足が一番に好きだった頃がある。10年以上昔の話だ。その前に一番好きだったジローは、私を初めて氷帝学園という学校のオタク(アイドルで言うところの箱推し)にさせた。そしてジローは私を忍足と引き合わせ、かつて推されアンチに片足を突っ込んでいたこともある跡部*1を好きにさせた。跡部と忍足を、同じくらいに好きだと思っていた。

 

そう思っていた私がテニミュに行って、双眼鏡で一番に追いかけたのはかとうかずきの跡部だった。目が足りない私は跡部と忍足を平等に見るのではなく、跡部を重点的に捉えることを選んだ。考えてそうしたのではない。それが私の本能だった。かずきの跡部がいたから跡部を好きになったのかと問われれば、それは違うと言い切れる。しかしその時の私が一番に好きなのは跡部だと教えてくれたのは、あの日舞台上にいたかとうかずきの跡部だった。原作やアニメの跡部が深紅の薔薇なら、彼の跡部白薔薇が似合うと言われた、まだほんの少しの慎ましさを残していた頃のかずきの跡部。私の最初のテニミュの王子様は、かとうかずきの跡部景吾だった。

 

今やレジェンド級の扱いをされているかずきの跡部も、そのすべてが100%「跡部景吾」だと讃えられていたなんてことはなかった。そういった差異も受け入れた上で、オタクたちは彼を舞台の上の王子様として大歓迎した。もりたのキヨスミの時もそうだった。テニモンに出戻ってから初めて体感するツイッターのタイムライン*2は、「3rdのキヨスミは女の子に「シャワー浴びてこいよ」って言ってる方の千石清純」「2nd山吹がマジで偏差値低かった分3rd山吹は二次関数解ける」と大喜利の如く盛り上がっていた。

 

 

一応とは言え舞台の上の千石清純を全員観てきたので、誰が一番漫画の中の彼に近いのかと訊かれたら、私はごく自然にわだまさとの名前を出すと思う。せーやのきよすみは解釈違いともまた違うけど、私の思う千石清純ではない。と言いながらも初めて試合を見せてくれたのがせーやのキヨスミだったなら、きっと私は彼のことも一心不乱に追いかけていただろう。別にもりたのキヨスミである必要はなかったのだ。それでも私は、私に手を差し伸べてくれたのがもりたのキヨスミでよかったと思えるし、全ミュキャスの中でも片手の指に入るぐらいに自分の役を愛してくれた彼が千石清純でよかったと心の底から、あるいは腹の底から大声で叫ぶことができる。

 

 

 

跡部景吾も千石清純も、初めから私の大事な「王子様」だった。かずきの跡部でもなくもりたのキヨスミでもなく、彼らは私と同じ次元に顕現する前から、私の大好きなキャラクターだった。しかし彼は突然真横に現れた。3rd六角のさかがきダビデだ。テニミュを観始めてから短くないオタク人生で初めての正真正銘の初日、通路から3席目の私の真横(の隣の隣の隣)で立ち止まり、反対側の通路に居るバネさんと歓談する彼の顔は、あまりにも美しすぎた。照明の落ちた観客席の中、真っ暗なバルコニー席をバックにスポットライトを浴びて輝く白い肌と赤い服。舞台化粧のよく映える顔。一目惚れだった。その公演にはキヨスミ先輩がいなかったので、もうダビくんしか見えなかった。全シーズンで初めてダビデの写真を買った。

 

でも私が好きになったダビデは、私が読んだ漫画の中にいる天根ヒカルではなかった。ダビデはあんな風に柔らかく笑……うかもしれないが、あまりにも頻度が多すぎる。あれは女の子から物を貰うのが苦手な男子の微笑み方ではない。自分の顔が美しいことを知っている男子の笑い方だった。困ったことに私はそれが好きなのだ。前髪を弄りながら満足げに微笑むさかがきダビデ。DL2017でアリーナ通路の近くにいた私に微笑んでくれたダビデ。私が電車を乗り継いで遠路遥々木更津の海辺の学校までチョコを渡しに来てもまごつくことなく微笑んでそれを受け取ってくれるダビデ。ここでもう一人の私が「原作読み直せ」と警鐘を鳴らして夢から覚める。漫画を読んでもアニメを見ても、はたまた昔のゲームを引っ張り出しても、彼はどこにもいないのだ。天根ヒカルへの迸る好意を持ち合わせていない私は、さかがきダビデを観て原作の何かを思い出した訳ではなく、あれはあれで完全に別個体として認めてしまったのだ。

 

そういう意味では、web拍手でメッセージをくれた方の質問内容に一番近い存在は、私の場合はますだとしきの幸村精市なのだろう。テニミュを観てから好きになった、または気になり出したキャラ。かずきの跡部ばかりを目で追ってしまった時や、もりたのキヨスミが試合前の台詞を発した瞬間のような確固たるきっかけまでは覚えていない。しかし私が幸村についてを考えるようになったのが、ちょうど1st全国立海戦の頃からだった。もしかしたらこれも、だーますの幸村である必要性はなかったのかもしれない*3テニミュ1stは、最終回という現実の悲しみに埋もれてしまった物語の中の幸村精市の塗炭の苦しみと勝利への渇望を、今同じ次元にあるものとして色鮮やかに見せてくれた。2ndでは、光り輝くコートの上でただ一人涙を堪え唇を噛み締める幸村の姿を見せてくれた。私に幸村精市というテニスプレイヤーのことを教えてくれたのは、きっとテニミュだった。

 

これは生きるか死ぬかの真剣勝負
常勝する それこそ掟
勝つこと 勝つこと 勝つこと
天衣無縫の極みがなんだ

暗中模索から答えを導いたな
これは命を懸けた戦い
試合は勝利のためだけにある儀式
勝って勝ち続けてまた勝って
その結果のみが俺の生きる証

 

テニスの王子様の原作が一度終わった当時、私たちの悲壮感を紛らわしてくれた、あるいは「なにか」を首の皮一枚で繋ぎ止めてくれたのが、まだ最終回に到達していなかった『ミュージカルテニスの王子様』の存在だと思っている。そして今の私が新テニスの王子様を(すべてではないにしろ)大いに楽しめたのは、テニミュを通じて幸村を好きになり、今こうして山吹を好きになったからこそだとも思っている。そうだ、一番大事なことを忘れていた。学校単位では氷帝しか好きになったことがなかった私が、初めて転校と呼べる経験をしたのが山吹だった。1st関東氷帝の特典がキャストのサインだった時に買わなかったんだから絶対に買わないと誓っていたテニミュの写真のセット買いを彼らが出演する全公演でしたのも、キンブレのシートをオーダーしたり校章ペンライトを自作したのも山吹だった。3rd山吹がいなければ、先日のジャンフェスの色紙コーナーで佐倉先生の地味'Sの色紙だけを撮影して帰るなんてこともなかっただろう*4。3rd山吹も漫画の中にはあんまりいないけど、それでも私は漫画の中の山吹も愛するようになった。テニラビのマイスペースにあるのは山吹の部室だ。地味'S、早く来ないかなあ。

 

 

 

今公演の3rd比嘉を私はまだ観ていない。山吹公演以前の、凱旋だけを観に行く頃の自分に戻ってしまった。スタートを飾る不動峰公演が始まる前から思っていた、3rdシーズンこそは最初から最後まで見届けようという決意は果たせそうではあるが。

さかがきダビデのような存在に出会うことはできるかもしれない。しかしもりたのキヨスミのような、内側から何かを湧き上がらせてくれる王子様に出会うことはもう当分の間ないのだろう。それでも私はこれからもテニミュに通う。3rd山吹の、そしてもりたのキヨスミの輝きの残照を見送るために。

 

 

 

*1:本当に嫌いだった訳ではなく人気の理由も納得した上でそれでも主人公や青学のキャラを差し置いて代表面しているのが受け入れられなかった

*2:1stの頃のインターネットはmixi全盛期でした。『テニミュ破産』『テニミュケーション』コミュニティでチケットのやり取りした皆さん、お元気ですか?

*3:でもやがみれんの幸村ではダメだったことはなんとなく想像できる

*4:ちなみに先生が書いたのは幸村くんだったけど人が殺到してたのと、じゃあ誰かが上げるだろうと思ったのと、私は幸村くんに「萌え」てる訳じゃないので撮らずに帰った