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しがないオタクがつらつらと

つぶやくにはながいこと

テニモンでいられるという贅沢

テニミュ

 

11年前の今日、私は初めてテニミュを観に行った。

 

 

テニミュを観に行ってから個人的な10周年だった1年前、私はテニモンではなかった。1stシーズンの最期に立ち会えずテニモンを下りたまま2ndシーズンでもテニモンに戻れなかった私は、そのまま3rdシーズンに突入した。テニミュってお金かかるし、でもテニスの王子様が好きだからこのまま細々とテニミュを観続けて、もしかしたらそのうちやって来る氷帝公演でテニモンに戻ったり戻れなかったりするのかなあと、どの道3rdシーズンは最初から最後までテニス者として見届けるつもりではいた。

 

sdppp.hateblo.jp


それがこのザマである。クリスマスの夜にTDCの中心で号泣かましたテニス者はあれよあれよとチケットを増やし、遠征はしない主義だからと山吹チムライとドリライの東京横浜を全通し、挙げ句の果てには先日の縦断イベント福岡で初めて遠征した。遠征しないとは何だったのか。良席に喜んだりファンサに沸いたりうっかり映像に写り込んだり自宅で一人黙々とシャカリキファイトブンブンの全振り付けを覚えたり、今の私は完全にテニモンだ。

 

 

 

テニモンになってから色んな人と会った。出会ったと言うよりも「会った」と言う方が正しい。山吹公演はチケットが手元に1枚も無い状態で公演が始まったので、友達と観た最初の1公演目を除いて、チケットを譲渡してくださった方とご一緒させていただくことはあっても昔からのオタク友達やフォロワーと一緒に観に行くことはなかった。でも会場に行けばフォロワーがいた。一緒に食事をさせていただいたこともあった。皆が皆、テニスの(テニミュの)話をしていた。チムライも気が付けば4公演とも誰かしらと一緒に参加していて、ドリライも何公演かはフォロワーと一緒に観たり、公演前後にお話してもらったりした。楽しかった。公演自体もそうだけれど、他のオタクと大好きなテニスの王子様についてああだこうだと話せるのが楽しかった。

 

2次元寄りのオタクジャンルは多くの場合、自宅から出なくても活動ができる。テレビがあればアニメは見られるし、漫画だってこのご時世本屋まで出向かずとも通販すれば入手できる。他の人の感想や二次創作も、ネットにアクセスすればいくらでも転がっている。交流だってそうだ。ツイッターが流行っている今、他者との交流も(一長一短はあると思うが)呟くように手軽に楽しめる。身形を整えて化粧をする時間も、綺麗な字で文章を認める手間もかからない。しかしテニミュを観るためには自宅から出なければならない。公演終了から数ヶ月後に出る映像化されたものを自宅で楽しむ方法もあるが、生で観る迫力に勝る媒体は存在しない。テニミュを楽しむためには暑い中、寒い中、足元が悪い中、外に出なければならない。同じように外出しなければいけないものに、テニスの王子様ならテニプリフェスタ、他のジャンルでも声優を中心としたイベントなどがあるが、これらは精々数年に一度のお祭りごとだ。だからこそうんと激しく盛り上がれるのだけれど、そういうイベントに他のオタクと会って「交流する」機会や要素を求めようとしたならば、数年に一度では少ないように思える。

 

テニスの王子様にはテニミュがある。夏と冬の本公演に加えて、その間にはコンサート形式の興行などがある。チケ取りも含めれば、一年を通して「テニミュ」の何かしらがある。「ハレ」の行事がたくさんあって、会場に行けば他のテニモンやテニス者に会える。それ以外のところでわざわざ会うような関係までなれる人はそのうちのほんの数パーセントかもしれないけど、会場に行けばフォロワーが居て、私が居るのを知ったフォロワーが声をかけてくれたり、たまたま遭ってそのまま話してくれたりする。典型的インドアタイプのオタクの私にとって、部屋の外の世界に出させてくれるテニミュの存在はかなり大きいし、テニミュを観るタイプのテニスのオタクにとって、テニミュという形で他のオタクと会う機会を(他の一般的なオタクジャンルと比べて)頻繁に与えられているのは、この上ない贅沢だと思う。「書を捨てよ、町へ出よう」とは寺山修二の言葉だが、テニミュが私に教えてくれたのは「漫画を抱えよ町へ出よう」ということだった。

 

テニス者だからと言ってテニミュを観に行くとは限らないが、同じようにテニス者だからといって嗜んでいるとは限らないものに同人活動がある。テニミュと同じように夏と冬+αで即売会という名のイベントが開催される同人活動。しかし即売会は同じファンでも机の向こうとこちら側、作品を生み出す側とそれを享受する側にはっきりと分かれてしまう。テニミュは違う。そもそもテニミュ同人活動を同じ土台の上で比べること自体が間違っているのは百も承知だが(しかしテニミュを公式メディアによる一種の二次創作のようなものと例えるファンもいる)、テニミュの前ではみんなが等しく観客である。テニスの王子様の漫画を読むように、みんながテニスの王子様の舞台を享受する。テニスの王子様を観てあれがいいこれがよかった、この演出がどうだあの台詞の読み方がそうだと思い思いに話し合う。そんな機会を年に何度も与えてくれる「テニミュ」というコンテンツがあることは、テニスの王子様のオタクとして誇らしく思えるほどに素晴らしいし有り難い。他のオタクと交流する楽しさを教えてくれたテニミュにもう一度ハマることができた私は、今もこうして色んなオタクと交流している。テニモンじゃなかった頃にも会ってくれる人はいたけれど、テニモンになってからの方が圧倒的に多くのテニス者と会うことができている。テニス者としてテニミュを観に行けることは、テニモンでいられるということは途轍もない贅沢だ。

 

 

 

12年前に千石清純に連れられてテニスの王子様と出会った私が、紆余曲折を経て12年後も千石清純の姿を追い駆けていることを知ったら喜ぶだろうし、11年前にテニミュと出会った私が、11年後の夏も氷帝公演を観ていることを知ったらきっと大笑いするだろう。会場は青年館ではなくなってしまったけれど、私は今年の夏も総武線に乗ってテニミュを観に行っている。あの頃よりもうんと多くのテニスの王子様を愛する人たちと話したり遊んだりできている。去年のクリスマスからの7,8ヶ月を振り返ると、テニモンに戻れてよかったなあと心の底から思う。