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しがないオタクがつらつらと

つぶやくにはながいこと

元テニモンの1st懐古厨ババアが3rd山吹公演を観て号泣した話

テニミュ

 

自分語りです

 


友達に「テニミュのアリーナ席のチケットがあるよ(チラッチラッ)」されたので、普段はクオリティの高さを求めて凱旋公演しか観なくなった私が久々に最初の開催地である東京公演を観に行くことにしたのは、12月25日の青学vs山吹公演だった。1stシーズンでテニモン(テニミュ厨)を降りてから暫くの間、斯く斯く然々でテニミュに関するものに一切触れられなくなった私も、2ndシーズンの終盤頃からは「テニスの王子様」を愛する者の嗜みのひとつとして、各興行1公演はテニミュを観に行くようになっていた。逆を言えばテニミュに対しては各興行1公演観られればまあいいか、というぐらいの温い感情しかなかったし、その1公演というのも大体が2バル辺りの適度に見やすい席を定価より安い値段でゲットして、当日も時々双眼鏡を構えつつ全体を観たらパンフレットとその日良かったキャストの写真を1人か2人買って帰るという、テニミュに熱狂するあまり親に借金したりバイト代を全額注ぎ込んだりしていた頃の自分に比べると随分と湿気た楽しみ方になっていた。山吹公演についても「氷帝の前にウォーミングアップしておくか」ぐらいの気持ちしか持っていなかった。

テニミュを観始めたのがThe Imperial Matchの夏からで、2ndも初めて観たのが関東氷帝戦だった私にとって、不動峰戦と聖ルドルフ戦と山吹戦を観るのは3rdが初めてだった。つまり私がこの目で「千石清純」が歌って踊って試合をするところを観るのも、これが初めてだった。

 

今の私を知る人は全員、皆さんご存知跡部様もしくは仮面ライダー2013の極悪非道戦極凌馬のことを好きな私しか知らないと思うけど、そんな私がテニスの王子様にハマったきっかけは同じゴクアクなセンゴクでもオレンジ頭の千石清純のせいだった。鳥海某が演じていた別のキャラを好きだった私はそこから千石清純のことを知り、その時丁度アニプリがアニオリのジュニア選抜編を放映していたのでそのままどぼん、という経緯がある。アニメを見たら原作の漫画も読みたくなるのがオタクの性。しかし当時リアル中学生だった私には既に刊行されている27巻もの漫画を買える財力がある筈も無く、母親の「こんな人気作品なら図書館に置いてあるでしょ」というアドバイスを元に地元の図書館で1巻から順に借りていくことにした。

千石清純の試合まで辿り着くのは早いように見えて遠かった。私がこうして図書館の予約待ちをしている間にもWJでは毎週リアルタイムのように立海戦が進行している。早くそこまで辿り着きたかったし、その前に早くキヨの試合が観たかった。わくわくしながら読み進めては次の巻を予約して、また読み進めてはすぐに次の巻を予約した。根っからの脇役厨なので途中で出てきた観月さんや赤也に新たな萌えを見い出しつつも(天パ萌えという訳ではない)、やっと登場した千石清純。中学生の私は漫画の中のキヨと同じように鼻の下を伸ばしたり、恋する乙女のように目を輝かせたりしながら読んだ。色んな人の手垢で黄ばんだ単行本を何度も読み返した。キヨが途中で試合用のラケットに換える見開きのページは、自分の本じゃないのに開き癖が付くぐらいに見つめた。今までのテニス者としての人生で一番読み返したのは間違い無く「何かを好きになったばかり」の情熱を持っていた頃に読んだこの試合だし、一度読んだ話をあまり読み返すことがなくなってしまった今の私にとってそれはこれからも絶対に変わらない(少し悲しいけど)。アニメから入った私がそこまで熱を上げるほど、原作のキヨはとってもカッコよかったし、そこで原作を読んで違和感を覚えていたなら今の私はきっとテニスの王子様に留まっていなかった。(アニメの)千石清純に手を引かれてテニスの王子様の世界に来た私を、そのままこの世界に留まろうと思わせてくれたのもまた(原作の)千石清純だった。

 

 

 

 

 

その死ぬほど読み返した試合が、目の前で始まろうとしていた。
広がるテニスコートの上に、桃ちゃん先輩と、ラケットを持った千石清純が立っている。

 

テニミュの千石清純」を観るのは決して初めてではなかった。でもそれは1stにしても2ndにしてもドリライや運動会というテニミュならではの千石清純の姿であって、一番最初に熱狂して読んだ試合の、テニスの王子様に登場する中学生テニスプレイヤーとしての千石清純を観るのはこれが初めてだった。

「しかし亜久津にオイシーとこ全部持ってかれたからなぁ」

舞台上の彼が台詞を発した瞬間、思わず息を飲んだ。
私この試合知ってる、事前に漫画を読み返す時間は取れなかったけどテニスの王子様を好きになって一番最初に夢中になった試合だから今でも分かる、

「せっかくクジ引きでキミ達に勝ってシングルス3取ったのに」

動かないモノクロの漫画のコマじゃない、コマの向こうのフルカラーのホンモノが目に耳に脳に飛び込んでくる。すごい、私が大好きだったキヨはこんな風に動いてこんな風に喋ってこんな風にラケットを握って、今これからキヨが目の前でテニスの試合を始めるんだ、

「残念、越前君じゃないんだよね」

私が初めて好きになったテニスの王子様が、今から目の前で試合をする。本物のユニフォームを着て、本物のラケットを握って。何度も読み返した話が、舞台の上で現実の試合と同じように繰り広げられる。今これから。そう思った瞬間視界が水中のようにぼやけた。どう考えても泣くようなシーンでもなければ泣くような試合でもないし泣くような公演でもないので、涙が零れないように必死で唇を噛んで堪えながら、それでも駄目な時は目元をハンカチでそっと押さえた。私が感極まっている間にもキヨはラケットを振って、スマッシュを決めて、面白そうにテニスをしている。中学生当時の私に見せてあげたかったと同時に、10年以上前に初めてテニミュを観た時の気持ちを思い出した。跡部さんが、氷帝の面々が実体を持って動いている、試合をしている、すごい。今の私はそれに加えて、初めて夢中になった試合を生で観ることへの興奮もあった。キヨの試合の前の1幕を観た段階で、今回の公演をとても面白いと思えた私は既にチケットを買い足す決意をしていたが、それはあくまでも「嗜みのひとつ」の範疇を出ないレベルの、もう一度凱旋公演は観ておかないと、程度のものでしかなかった。キヨの試合をもっと観たい。コマの向こうの、漫画のコマを飛び出したキヨをもっと観たい。今まで私たち読者からは見えなかった、コートの外の彼をもっと観たい。気持ちは完全に、10年前に初めてテニミュを観た時の私だった。あの時は金銭面や年齢や親の制約があったけど、今の私は時間とお金の許す限り飛び出せる。帰って速攻おけぴで東京公演のチケットを探して翌日も観に行った。東京楽は流石に許斐先生ライブのことも見越して諦めた。凱旋のチケットもとりあえず1枚は譲ってもらえそうだ。しかしこのままあと1公演しか観られないなんて耐えられない。当然チケットは買い足す予定だ。許斐先生のライブやもっと他の楽しい予定がなかったら、初めての遠征だって決め込んでたかもしれない。舞台の上で試合をする私の最初のテニスの王子様は、私をテニミュの世界にもう一度引き摺り込むのに充分過ぎるほど、輝いていた。公演後にここまでの話を友達にしながら、もう一度大泣きした。自宅で母親にここまでの話を説明して更に声を上げて泣いた。いくら自身もオタクでそういった趣味に理解のある母親ですらドン引きする勢いで泣いた。それぐらい目の前で千石清純の試合を観られたのが、兎に角嬉しかった。

 

どうやら私の他にもテニミュ3rdの千石清純に夢中になっている人が多いらしいが、きっと私が彼に夢中になっている理由は「初めて観た感動」によるものが大きい。言ってしまえばインプリンティングのようなものだ。恐らく他の人は、普通に或いはテニモンとしてテニミュを観て、過去のキャストや原作、アニメなどと比較しながらここがイイそこがイイと言っているのだと思う。個人的には、そうやってある意味冷静に(実際のところは冷静どころか新しいセンゴクキヨスミの登場に大興奮だと思うけれども)観られる人が羨ましい。それこそ私は本当に刷り込み効果だけで目の前のキヨに興奮している可能性だってある。仮にそうだったとしても、再びこうして云年前までと同じようにテニミュに夢中になれそうな私を掘り起こしてくれた3rdの千石清純には、感謝しかない。やっぱりテニスの王子様は紙の中でも舞台の上でも、私たちをありとあらゆる楽しいことと出会わせてくれる王子様に違いないのだ。