つぶやくにはながいこと

ブログ名変えました

貢ぎケーション

同人誌『悪友』(@aku__you)の「若手俳優に浪費するオタク」を読んで、なるほど貢ぎは恐ろしい世界だなあと思ったのでちょっと文章を書きます。ちなみに私が若手俳優にプレゼントを贈ったのはテニミュにハマってそういう界隈を知って以降の十何年のうちに2回のみ、うち1回はバースデーイベントに参加するのに手ぶらはよくないよなあ……という完全に後ろ向きな理由だったので、若手俳優界隈については「他人事ではないが余所の沼」という感じです。

 

 

 

テニミュも観るタイプのテニスのオタクである私にとって、そこへ出演してくれる若手俳優の皆さんの存在は異国の地の話とは言い切れません。ツイッターでフォローこそしていないものの、リストを作ってチェックしている方も10名ほどいます。上記の同人誌で「若手俳優に浪費する(していた)オタク」の方が自分で「浪費」と表現したのは、そんな若手俳優(特定の推し)へひたすらプレゼントを贈っていた時代のことでした。ちょっとした好奇心で贈った物が翌週SNSにアップされた画像でばっちり着用してもらっており、それ以降も自分が贈った物が使われるのが嬉しくて楽しくてどんどんヒートアップして額も跳ね上がっていった(がある日謎の達成感に見舞われ彼の仕事に対してお金を払うことが一番の貢献なのではと気が付きぱったりやめた)というお話でした。私もいわゆる推しにプレゼントを贈ったことがありますが、推しのことを考えながら物を選んで贈っている以上使ってもらえればラッキーだとは思いました。しかしプレゼントなんて溢れ返るほどに貰うでしょうし、要らなかったら売ってくれとかご友人やご家族に横流ししてくれても全然構わないと思ったしそれを手紙に書いた気もする*1私にとっては何処か遠い世界の話でもあります。

 

若手俳優にプレゼントをするタイプのフォロワーが片手に収まるぐらいにはいるので、現在のミュキャスの方でファンからのプレゼントを使う方がどなたであるかも少しだけなら知っています。プレゼントは服やアクセサリーという贈る側のセンスが問われる物がメジャーなんでしょうか、兎に角そういう物を贈って使ってもらえる、選んでもらえるのはとても凄いことだと思います。こちらが何者かであるかは知られてこそいないものの、それを選んだ自分のセンスが相手に認められたということですから。つまりそこには相互のコミュニケーションが存在する。若手俳優とそのファンは、推しの仕事をこちらが享受しに行く、お金を払って見たり読んだりする、というこちらからの一方的な働きかけなくして関係は成り立ちません*2。プレゼントを贈るのだってこちらからの一方的な働きかけ、考えようによってはただの押し付けでしかありません。しかしその一方的なコミュニケーションが相互になるのが、推しにプレゼントを使ってもらえた瞬間です。単純に気に入ったから使っただけかもしれないし、もしかしたら「ファンからのプレゼントだからあえて使っている」のかもしれません。それでも相手の意思が存在するのは確かです。好意で贈った物が使ってもらえた瞬間。そういうつもりで贈った訳でなくとも報われたなあと思うでしょうし、増してや服飾品なら推しが自分の贈ったものを身に付けているという高揚感もあることでしょう。アクセサリーならまだしも洋服のプレゼントなんて人によっては友人に贈ることもあまりないでしょうし、これはハマる人はハマってしまうなあと、回を重ねる毎に額を跳ね上げてしまう人がいるのも無理ないなあと、意外と近くに横たわっている世界はとんでもなく恐ろしいものだったのだと気付かされた同人誌でした。

 

フォロワーに「推しの服が少ないことを心配して普段着にしてくれればと思ってそう高くもない服を贈ったら推しがそれ着てフィギュア化された」というとんでも体験をした人がいるので、そういう意味でも面白い界隈だよなあと思いました。私は自分のセンスがオタクのそれであることは理解しているし他人に貢ぐぐらいなら自分に投資したいので、今後も誰かにプレゼントをすることはないだろうなあと思いながらも口座番号を教えてほしい子が一人いるにはいます。あのね、それが一番ヤバいやつだよ。

 

 

 

*1:上記のバーイベの推しは10歳年上だったので高校生(当時)が贈る物よりも良い物沢山貰ってるに決まってるだろというのは分かりきってた

*2:接触系イベントのことは詳しくないので今回は除外します

王子様はサンタクロース ~テニプリバレンタインに捧ぐ~

ゆうパックのお届け先のおまなえ欄に「跡部景吾様」「千石清純様」と書き記す瞬間が一番気分が高揚する。手紙なんて書くだけならいくらでもできるけど、皆が思いを込めて書いたそれは、丹精込めて選んだ贈り物はちゃんと彼らに届くのだという証明が、そこにあるから。

 

 

 

私が初めて「テニスの王子様」にチョコレートを贈ったのは数年前、許斐先生が不二くん宛にたくさんのチョコレートが届いた旨をツイッターで報告した年のことだった。それまでは他人の褌で相撲を取る、ならぬ他人が贈ったチョコの数で一喜一憂する雌猫だったのだが*1跡部様には今年も1位を飾っていただきたいと微力ながら助太刀することにした。元々お菓子と可愛い箱が好きな私は、毎年この時期になると日本橋のデパートに足を運んでいたため何処に行けばどんなものが買えるかを熟知してはいたが、それでも跡部様へ贈るチョコレートを選ぶのには2時間近くかかった。三越高島屋のデパ地下と催事場を2往復した。銀座線で一駅の距離だが無論電車は使っていない。自分が納得できるものを選んだ達成感に包まれていた私には、足の裏にできた肉刺が弾ける痛みなんて微塵も感じられなかった。

 

お気付きのとおり「跡部様に1位を取ってほしい」と言っている癖に、私が贈ったのはたった1個のチョコレートだ。ツイッター上でも森永ダースをダース買いしてそれを更に数ダース送った人や、単品で売られているチョコを自分でラッピングして一つ一つに宛名を書き「1個」のチョコとしてカウントしてもらえるように工夫した人の報告など、あの年は色んな「対跡部対策」「対不二対策」が流れてきた。本当に数にこだわるならそういう人の方が正解だろうし、そこまで金額や手間暇をかけてドカンと愛を伝えるオタクのことが私は大好きだ。でも自分ではそれをやらなかった。毎年贈られるチョコレートの話題を目に耳にする度に、きっと心の何処かで私もいつか王子様にチョコレートを贈りたいと思っていたのだ。

 

他の人に贈り物を選ぶように、跡部様のことを思いながら選んだチョコレート。数の上では何千分の一だけれど、跡部様に贈られたものとしてカウントされる。そして初めて跡部様に宛てた手紙。特定の誰かに向けて文章を認めるのが苦手なので、内容はどうしてこのお菓子を選んだかということが8割を占めていたと思う。それでも跡部様のことを思って一生懸命書いた。不思議な気分だった。紙の中や画面の中、或いは舞台の上という手の届かない異次元の存在の筈の跡部景吾という人間に手紙を書いて贈り物をする。ゆうパックのおなまえ欄に「跡部景吾様」と書いて送っても、宛先不明などで返ってくることなくちゃんと何処かへ、何処かにいる跡部景吾のところへ届いている。まるでクリスマスの夜に欲しがっていた玩具を置いて何処かへ去っていくサンタクロースのように、プレゼントを贈る立場こそ逆であれ、大好きな王子様のところに思いを込めた贈り物は届いている。許斐先生が届けてくれる。これってとっても幸せで、とっても贅沢なことだ。普段は物語を享受することしかできない私たちが、彼らのいる世界を覗き見ることしかできない私たちが、キャラクターへ直接感謝の気持ちや日々の思いを伝えられるまたとない機会。だから私は今年もチョコを贈る。一番好きなキャラクターの跡部様と、最初の王子様である千石さんと、今年はこの一年で(私というよりも友人が)お世話になった観月さん、そしてテニミュが楽しいものであることを10年振りに思い出させてくれた山吹中テニス部にも贈った。跡部様と山吹中へのチョコレートはあっさり決められたが千石さんへ贈りたいと思えるチョコレートがどうしても見つからず、上記の日本橋だけでは飽き足らず銀座の三越松屋にも足を運んだがそれでも納得できず最終的に地獄のような人混みのサロン・デュ・ショコラまで行った。できることならもう来年は日本橋だけで済ませたいが、もし贈りたいと思えるチョコレートに出会えなかったらまた銀座か新宿か国際フォーラムか或いは何処かの会場で押し合い圧し合いされながら王子様への贈り物を買うことになるのだろう。しかし彼らのことを思いながら選んだ便箋にペン先を走らせるひとときの前では、そんな苦労があったことすら忘れてしまう。寧ろ妥協した方が自分に対する後悔も残る。ああまた次も贈りたい、次はどんなチョコレートを彼らのために見つけられるだろうかと、今年のバレンタインが終わる前から来年のことを考えている。

 

 

 

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千石さんのところに、今年も世界中の女の子からチョコが届きますように。

 

 

 

*1:そういうファンの方は結構多いと思いますがテニプリファンの全員が全員チョコを贈るようになったら物理的に大変なことになる(というか既になってる)ので引け目を感じたりすることなくこの調子で一緒にテニプリを楽しみましょう(?)

アニメを見なくなった

アニメを見なくなった。厳密にはアニメを見る本数が減り、6話ほど見た作品でもいつの間にかフェードアウトすることが増え、加えて(私の基準で)俗っぽいアニメ*1を見なくなった。今期、2017年1~3月期で視聴を継続しているのは落語のアニメと将棋のアニメ、この二つは人によっては腐向けだのオサレだのと揶揄してくる部類に入る(視聴している私が女性であれば尚のこと)。他は同じくノイタミナ(笑)と言う人が少なからずいるだろうクズの本懐と、1話を見ただけではイマイチ分からなかったがネタバレを見てこれは面白そうだと2話を見たら主人公が鳥海浩輔(CV悠木碧)だったので視聴を継続することにした幼女戦記と、私の基準で俗っぽいアニメに類するこのすば2期と政宗くんのリベンジだ。このすば相変わらず作画酷いなハハハって笑ってたらOPの作画までかなり溶け気味で流石に制作スタッフの人員とかスケジュールとかを心配した。ガヴリールドロップアウトは2話まで見たが、これ以降はよくある日常系に近しいものになっていくんだろうと、1話のガヴリールの堕落っぷりだけで満足してしまったため視聴継続には至らなかった。うららなんとかも1話だけ見たが、これを見るぐらいならその時間でごちうさきんモザを履修した方がいいのだろうと1話で切った。あとお腹見せ下乳があざとすぎる。

 

上に挙げた視聴中の6作品の中でどれか一つだけ面白いものを選べと問われれば、間違いなく落語のアニメを挙げる。しかし現在放映しているのは2期という続き物なので、1期を見ていなかった視聴者が今期の1話を見てスッと物語に入っていけるかは分からない。あとは将棋のアニメも人物描写や情景描写が好きだ。将棋が分からなくても何ら問題が無いのは、将棋を題材とした作品である以上良しとするべきではないのかもしれないけれども*2。ただこの2つのアニメは、視聴後に「今回も面白かった」とか「来週も楽しみだ」とかそういう感想が浮かびこそすれ、「アニメを見たぞ」という感覚、ともすれば満足感のようなものは得られていないように思う。アニメを見たという感覚。落語のやつも将棋のやつも、動くイラストに声という命が吹き込まれるアニメーションであることには間違いないのだが、この2作品はたまたまアニメとして作られた面白い作品であって(原作は漫画だが)、私にとっては必ずしも「アニメ」である必要性が無い作品なのかもしれない。私がアニメを見るのは平日なら出社前、休日なら外出前か、引きこもる日なら二度寝しなかった午前中が多い。ながら見が基本であり(特に平日なら時間が限られているのもあるが)、休日でも何もしない日*3の時間潰しに見ることが多い。つまり私にとって、抜きん出て好きな作品*4以外のアニメはジャンクフードに過ぎなかったのだ。片手間にポテチを摘むようにアニメを見る。片手間とは言えポテチやピザは「おやつを食べたぞ」「ガッツリしたものを食べたぞ」という満足感は確かに得られる。あと味が大仰で美味というか「ウマい」。同じように俗っぽいアニメ、がっこうぐらし!監獄学園ダイミダラー迷家(これは俗っぽいというよりもなんだかよく分からない、着地点も不明瞭な作品だったが嫌いではない)や競女やVDMや、今期ならこのすばのような作品は視聴後に「アニメを見たぞ」という満足感のようなものを得ることができる。あとこれらのアニメは割と面白かった(ネタ的な意味でも)。しかしこの数年ですっかりそういうアニメを見る頻度が少なくなってしまった。放映されているアニメの本数自体も減少しているのかもしれないが、数年前までは毎朝アニメを2本は見てから出社し、曜日によっては帰宅後にもう1本見るなんてこともあったように思う。丁度1年前の2016年1〜3月期のアニメを調べてみると、僕街プリスト暗殺2期落語1期ラクロジDWグリムガル亜人1期と、物によってはラストの展開を覚えていない作品もあるが完走したもので一応8本と、2クール目も視聴していたHQと松があるため計10本見ていたようだ。それが現在では2クール目に突入した将棋のアニメも含めて6本。1年前のクールでもいくつか脱落したアニメがあったことを考えると、これらのアニメも最後まで完走できるとは限らない。どうして私はアニメを見なくなったのか。

 

一つに考えられるのは、これまでたくさんのアニメを見てきた故に、あらすじやキャラデザを見ただけで「またこの手のパターンか」と大凡の展開や作風を予想できるようになってしまい、単純に言えばアニメに対して「飽き」てしまったということだ。先に挙げたガヴリールドロップアウトの視聴を辞めたのが正にその例だ。みんなの模範の優等生天使が人間界で娯楽を知って、ここまで酷いのはなんだかんだでなかなかいないぞと思うぐらいに堕落するまでは面白かった。しかしその後見た2話ではぐだぐだ系女子(元優等生の天使)と優等生女子(一応悪魔)と腹黒系女子といじられ系女子の、よくある日常系の物語になっていたし、ああこの先もこの作風が続いていくんだろうな、「またこのパターンか」と落胆すら覚えた。朝の支度の片手間にしか見ないようなアニメなら、お決まりのパターンでもとりあえず画面を点けておけばいいだろうに、それすらも私は辞めてしまった。ジャンクフードを食べ過ぎて胸焼けを起こすようになってしまったのだ。歳だ。そう、おそらく私がアニメを見なくなってしまったもう一つの理由は、歳を取ってしまったからだ。

 

つい最近同年代のフォロワーが、「歳のせいか自ジャンル以外のコンテンツへの興味が薄くなってしまった」ということを呟いていた。アニメに飽きてしまった以外にも、私も歳のせいなのか多方面への興味のアンテナが鈍ってしまったのだ。加えて去年の一年間は、自ジャンルであるテニスの王子様が途轍もなく活発で潤っていた年だった。ただでさえヒトフェスチャリティーライブテニフェスと賑わっていたところに、一昨年の末に出戻ってしまったテニミュがあった。目の前に(私にとっての)ご馳走がこんなにあるのにジャンクフード食ってる場合じゃねえ!アニメ見てる暇があるならキャラソン聴きながらおけぴと睨めっこだ!予習をしながらチケット増やせ!という具合だ。そうしている間に私の舌は肥えてしまった(研ぎ澄まされた)──のではなく寧ろその反対で、自ジャンル以外のオタク活動へのアンテナ感度が鈍ってしまったのだ。感度も鈍ってしまったし、興味も薄れてしまった。証拠に私はラブライブサンシャインを最初と最後の数話ずつしか見なかったし、一応全期見てきたペダルの現在放映中の最新アニメもチェックしていない。

 

こうしてオタクは少しずつ漫画やアニメから卒業していくのだろうか。工業製品の如く量産される類似作品による飽きと、自身の加齢による他ジャンルへの興味の薄れ、或いは精神的な体力の減退。特定の作品にハマって浪費するのはテニスだけで充分だとしても、もっと色んな作品を、ジャンクフードを鱈腹味わえるオタクのままで在りたかったなあと、今の、そしてこれからのオタクとしての自分を寂しく思う。とりあえず今はハイスペ幼女のあおちゃんが実はCV鳥海のリーマンなんだぞということに思いを馳せながら、アクエリアス片手に(※これを書いている時の私はインフルエンザで自室とトイレ以外から出してもらえない生活を余儀なくされています)幼女戦記を見ることにしよう。

 

*1:ラノベ原作とかエロゲ原作とか日常系とかおっぱいとか俺TUEEE系だったりトンデモ設定盛り合わせだったりハーレム要素が強かったりヒロインが開始1分半で脱いだり

*2:それを言ったら私の愛するテニスの王子様もテニスのルールが分からなくても何ら問題はないからな

*3:性質がマジモンの引きこもりなので週一で家にこもって何の予定も組まない日がないと死ぬ

*4:気になる方もいらっしゃるかもしれないので一応列挙するとウテナカレイドスターぱにぽに喰霊エルフェンリート妄想代理人など、舞乙HiMEも好きだけど全話は見てないと思うし栗の子には声優業もやってほしかった

元テニモンが3rd山吹公演で出戻って早くも成仏した話


自分語りへのアンサーソングみたいな究極の自分語りです

 

 

 

3rd氷帝公演の大千秋楽の翌日は予め休みを取っていた。元々原作では氷帝が好きで、さらに私をテニモンに戻してくれたキヨスミのいる3rd山吹の最後の晴れ舞台ともなれば精神的にも持たないだろうし、もし本当に凱旋公演をすべて観られるなんてことになったらインドアオタクの身体は物理的にも持たないのは目に見えていたからだ。努力と執念で凱旋公演のチケットを4日分手にした私の5日目の身体は案の定バッキバキで、そんな身体をなんとか起こしてリビングのテレビの前まで持ってきて、これまでの3rd山吹の軌跡を見返しながら一人泣きじゃくったりしていたのだが、気持ちは不思議とふわふわしていた。家から一歩も外に出ない上に、テニミュという長い夢の後の現実味のない一日だったからだろうか。しかし昨日の朝起きていつも通りに支度をして駅まで歩いて電車に揺られながら、自分がテニミュに対して凄くすっきりした気分でいることがはっきりと分かった。成仏するってこういう感じなんだね。

 

 

 

私が初めて3rd山吹公演を観た去年のクリスマスは、本来ならば学生時代に所属していたサークルの定期演奏会を聴きに行く予定だった。登壇する後輩たちや、誰かと一緒に聴きに「行く」という具体的な約束をしていた訳ではなかったが、ツイッターで楽しみだなあと呟いたりしていたし、演奏が聴きたかったという気持ちに一切の嘘はなかったし、会場に足を運ぶつもりも当然あった。しかし私はテニミュを選んだ。

 

その数年前、テニミュ1stの最後を締め括るDreamLive7thの時に、同じ日に行われることになったサークルの新入生お披露目会を選んで死ぬほど後悔し続けていた私は、だからという訳ではないが、クリスマスの日に自分の趣味を選んでしまった。実はそのサークルにはテニモン(当時)の先輩がいて、お披露目会の日取りが決まった時に私は先輩にこんなことを言ったのだ。「私は新入生だからお披露目会に出なきゃダメだけど、私たちのステージよりも、テニミュの最後のチケットがあるならそっちに行ってください」。その言葉を当時の自分にそのままそっくり返してやりたい。結果論かもしれないが今でもテニミュに縛られているのは、テニスの王子様をひたすらに追い駆け続けているのはその先輩じゃなくてお前の方だし、そもそもその時点でお前の方がテニミュを観続けてきた歴史だって長いんだからお前の方こそテニミュの最後を見届けるべきだったんだと、私は当時の自分の言葉を反芻しては長年地獄のような思いを抱えていた。お披露目会の後の打上げ会場で「私の知らないところで私の愛したテニミュが終わっていくのだなあ」とぼんやり思っていたあの日の私の魂は、そのまま現世を彷徨う自縛霊の如く長い間私を縛り続けていた。2ndでも最後までテニモンに戻れなかった私は、このまま普通のテニスのオタクとしてテニミュを広く浅く見届けていくのだろうと、自分に対する諦観すら感じていた。

 

 

 

公演を観た時の話は既にしているので割愛するが、最初の王子様が実体を持って試合をする姿を観て得も言われぬ感情に襲われた私はその日の深夜におけぴに駆け込んで、翌公演のチケットを譲ってもらう約束を取り付けた。こういう時だけ動きが早い。

 

私が最初に観たテニミュはThe Imperial Match氷帝学園の初演(夏)で、そのチケットを用意してくれた3つ上のお姉さんも「実は明日のチケットが余ってるんだよね」と漏らしていた。本当はそのチケットでもう一度テニミュが観たかった。目の前に現われた氷帝学園をもっとこの目で観たかった。しかし当時中学生だった私が夜にテニミュを観るためには母親の迎えが必要であり(そうでないと父からの許可が下りなかった)、その日も小学生の弟を家に置いていく訳にも行かず連れてきた母が電車の中で「明日はもう無理だよお」とへとへとな声を漏らしていたので諦めた*1。この時に譲り受けることが叶わなかったチケットを、「楽しいテニミュをもっと観たい」と思っても手が届かなかったチケットを、公演こそ違えど私は10年以上の時を経て手にすることができたのだ。自分が本当に好きなものを選び、そしてそこに手を伸ばすことができる現在。昔の自分が出来なかったことを、テニミュに対する後悔をひとつひとつ断ち切っていくような経験を私は3rd山吹と共に、知らず知らずのうちにしていたのだ。

 

 

 

そこからは怒涛の日々だった。3rd山吹の東京公演は時期的に許斐先生のライブのことも見越して2公演に抑えておいたが、凱旋公演期間が長かったお陰でスケジュール的にも無理せず(個人的には)そこそこの公演数を観ることができた。公演が始まってからテニモンに戻った故、自力で取ったチケットは一枚も無かったがご縁に恵まれ色んな座席で観劇することができた。段差列の存在を知りそれに喜んだり、アリーナ前方にもかかわらず双眼鏡を構えたり、お見送りでファンサに沸いたり、初めて大千秋楽公演に入ってうっかり円盤に収録されたり、そこに居た私は完全にテニミュを愛する、テニミュを楽しむただのテニモンだった。チムライで偶然キャラクターグッズに気付いてもらえたり、お見送りで会話したり、ドリライでとんでもない席に座って念願のハイタッチが叶ったり、公演◯回記念写真で強火モンみたいなことになっていたり、遠征はしないと言っていたのによりにもよって本公演ではなく縦断イベントのために遠征して幸運にもサインボールまでもらってきたり、巡り巡って座席当選写真を手にすることができたり、1stシーズンではなく現代型の、3rdのテニモンとしてこれだけできればもう充分だろうというほど楽しい思いをさせてもらえた。それこそ本当に凄い人は座席当選どころかサインも複数枚当たっていたり、所謂若手俳優のファンであれば「推しに認知を貰って」ファンサを沢山もらっていたりすることだろう。それでもテニスのオタクの延長でテニモンをやっている私は、これだけの思い出を貰えればもう充分だった。1stシーズンを最後まで全力で駆け抜けられなかった私は、3rdの山吹と出会ってテニミュ3rdを全力で駆け抜けた。だからなのかは分からないけれど、キヨスミや山吹の子は私に沢山の思い出をくれた。氷帝公演も最初の頃は「あー山吹やっぱりコメディリリーフだよねーつらい」とかぐちぐち言っていたけれど、何時の間にか吹っ切れてただの山吹定点カメラになっていた。寧ろ試合の時には観られないような細々した演技や表情から、彼らの考える王子様の像を見い出せるのが楽しかった。東京公演でキヨスミの公演前アナウンスの回に当たれなくて本気で泣きそうだった私は、凱旋のアナウンスこそは逃さないぞと死に物狂いで検索結果に張り付いた結果(凱旋公演の全通を目指した最初の理由はそれだった)山吹が勢揃いする場面も、ついでに前楽での手塚と跡部の最高の公演後アナウンスも聴くことができた。手塚と跡部の名前を聞いて雄叫びを上げるほど興奮した。そんなに大好きな手塚と跡部の試合、氷帝戦シングルス1でも気付けば私は緑色のユニフォームの彼らを目で追っていた。途轍もなく勿体無いことをしているのだろうと頭の片隅でなんとなく考える自分もいたが、そこに一切の悔いは無い。私をテニミュ3rdに連れてきてくれたのはキヨスミや山吹の子であり、私がテニミュ3rdで追い駆けたいと思えたのもキヨスミや山吹なのだから。

 

 

 

氷帝公演大千秋楽の挨拶で、本公演やドリライの時はあんなにぐずぐずだった山吹の彼らはとてもすっきりとした表情をしていた*2。私の記憶から抜け落ちているだけでなければ、彼らは「卒業」という単語を口にせず、おまけにライブビューイング限定映像では「またね」の言葉を残してくれた。もしかしたら本当はおしまいなのかもしれないし、それをキャストの皆は知っているのかもしれない。でも山吹中テニス部の彼らは言葉にしなかった。ミュージカルテニスの王子様3rdシーズンはこれからも続いていくし、それが続いている限りは彼らは3rdの山吹として、確かに存在しているのだ。ドリライの時に、本公演ゲスト公演チムライと経てドリライで綺麗に卒業できるルドルフとそのファンが心底羨ましいと思っていたけれど、その集大成をコートの上で見せてくれて、おまけに再会の言葉まで贈ってもらえた私たち山吹のファンもとっても幸せな終わり方をさせてもらえたんだなあと、本当に、3rd山吹を好きになれてよかったなあと晴れ晴れした気持ちで胸がいっぱいになっている。成仏できたよ。

 

 

 

私はテニミュに於ける自分の好きなキャラやキャストに「○○、テニミュ、楽しいか?」と訊かれて「テニミュって……楽しいじゃん!!!!!」と心の底から答えられるならテニモンだと思います。私は森田キヨスミに「すーちゃん、テニミュ、楽しい?」と訊かれたら笑顔で「テニミュって……楽しいじゃん!!!!!!!!」と答えられますし、このやり取りをどうしても本名でやりたくてリア垢でツイートしたところ何故かふぁぼが付いて嬉しくなりました。テニミュって楽しいじゃん!

 

私が思うテニモンの定義 - しがないオタクがつらつらと

 

山吹のユニフォームに身を包んだキヨスミに「すーちゃん、俺たちと駆け抜けたテニミュ、楽しかった?」と訊かれたら笑顔で「とっても楽しかったよ!テニミュの世界に来てくれてありがとう!」答えられるし、「俺たちもテニミュの世界、とっても楽しかったよ!」と思ってもらえているならいいなと思いながら、とりあえずは土曜日の縦断イベントも楽しんでこようと思う。折角もらったとってもいい席、キヨスミからの最後のプレゼントだと思いながら座ることにする。

 

 

*1:その公演のS1前氷帝コールの後のラケットキャッチで和樹はラケットを掴み損ねて落としたらしいが、冷静に「樺地」と言って樺地にラケットを拾わせるという行動を取り称賛されていたのを物凄く覚えている。土砂降りの雨の日だった。

*2:にしなは泣いてたけど そういうところが可愛いよね 笑

千石清純へのラブレター、あるいは彼への考察と二次創作

 

 

私が千石清純を好きになったのはオタクになってから1年しか経っていなかった頃なので、漫画やアニメを見て考えを深めるとかそういうことをすることもなく、そのうち私は別のキャラたちを好きになり、彼らについて思案を巡らせては一人勝手に興奮したり切なくなることはあっても、一番最初に好きになった、私をテニスの王子様と出会わせてくれた千石清純についてを深く考えることはあまりなかった。しかし昨年の末に彼の試合を初めてこの目で観て、漫画を読み返すように何度も何度も観に行って、気が付けば私はもう一度彼に恋をしていた。

 

ラブレターと言っても原作やファンブックやテニミュなど多角的な観点から千石清純を見つめる、ただの考察と二次創作が入り混じったようなものです。私なりのラブレター、ということでご容赦ください。またあくまでも一個人の二次創作的な考察が多分に含まれておりますので、ご自身の解釈との違いが許せないレベルだった際は画面に唾を吐きながらそっとタブを閉じてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

清純くんがいつからテニスを始めたのかを私は知らないけれど、ダブルスが主力と言われる山吹中テニス部の中で、シングルスプレイヤーなのにエース扱いをされるほどの実力の持ち主ということは、中学校に入学するよりも前からテニスをやっていたのかなと勝手に思っています。でもスポーツ推薦のある山吹中に推薦ではなく一般受験で入学したようなので(受験の前日にヤマを張って大当たりしたそうですね)、スポーツに力を入れている山吹だから入学したという訳でもなく、すると恐らく清純くん自身が当時テニスに物凄い情熱を傾けていたという訳でもなく、自宅から近くて(小学校も山吹第一らしいのでその辺りに住んでいることでしょう)学力もまあまあ見合っていて校風も悪くなさそうだったとか、そういう理由で山吹への入学を決めたんでしょうか。清純くんが山吹に入学して、いい仲間たちと出会えてよかったと思えているなら何よりです。

 

2年生の時のジュニア選抜はいかがでしたか? 他の選手(手塚くん)の辞退による繰り上がりでの参加、それも負けたことのある選手の後釜で選抜されるのは少なからず悔しかったことと思います。とはいえ、清純くんがそこに選抜されたことに変わりはありません。運も実力のうちですし、清純くんにはそこに行けるだけの技術的な実力も備わっていたということです。跡部くんや真田くん、柳くんを始めとする他校の選手のプレイを間近で見られる機会はどうでしたか? 新たな発見はありましたか? 昔を振り返ってみて、清純くんにとって実りのある日々であったなら私も嬉しいです。

 

清純くんが山吹中テニス部で迎える最後の夏、都大会では惜しくも決勝戦で星を取りこぼしてしまいましたね。清純くんの試合、何度も見ました。何度も読み返しました。何度も観に行きました。清純くんの試合を観ていると、貴方のテニスの戦略のひとつには、相手を自分のペースに飲み込んでいくというものがあるのかなと思います。フィッチを見事に当てて相手に自分の強運を実感させ、しかし得意のサーブ技である虎砲があるにもかかわらずサーブ権をあえて相手に譲り、特技を後出しで見せつけることによって相手のペースをじわじわと乱していくのが清純くんの戦法なのでしょうか。わざわざサーブ権を譲ったり、こういう「余裕」のあるゲームメイクができるのは、自分の実力への自負があるからこそだと思います。しかし時にそれは慢心へと繋がります。油断はしていませんでしたか? 年下の相手だからと見縊ってはいませんでしたか? そういう気持ちがまったく無かったとは言い切れないんじゃないかな、と私は清純くんの試合を思い返す度に感じてしまいます。それと同時に、清純くんがこの日の自分の敗北をどう受け止めたのかがとっても気になります。舞台の上にいた清純くんは、対戦相手や私たちに背を向けて握り拳をつくり、後ろから見ても頬が震えているのが分かるほどに歯を食いしばって、その上(これは後から知ったことですが)泣きそうな顔をするほど悔しがっていましたね。都大会の後のショートライブの『輝け、もっと』の始めでも、悔しそうにラケットを握る清純くんの姿が印象的でした。対して紙の中にいる清純くんが試合が終わって桃城くんに背を向けた時の表情は至って普通、ともすれば飄々としている風にすら見えます。相手に背を向けた、他人からは見えない時の表情が気持ちの表れだとするなら、紙の中にいる清純くんはこの時の敗北をそこまで重くは受け止めていなかったのかなと思います。ここで負けても次がある、準優勝でも次のステージ、関東大会には進めますから。“なんとなく心の片隅に「明日も同じ試合をする」という気持ちがあった”、これは三番目の清純くんである森田くんが自分の試合を振り返った時のコメントですが*1 、もしかしたら都大会の頃の清純くんも、それに近いことを思っていたのかもしれませんね。舞台の上で青学が氷帝と戦っている時、山吹のみんなは碇中と戦いながら「もしも負けても 次回勝てばいいさ」と歌っていました。誰かの負けはチームでカバーという山吹中テニス部の仲の良さや団結力の表れでもあり、同時にこれは清純くんのみならず、山吹中テニス部みんなの「勝利への執着の欠如」の表れでもあったのかなと思います。清純くんには、清純くんたちには、青学の選手のように負けるのは嫌だと叫びたくなるほどの渇望がありましたか?

 

 

 

紙の中では窺い知れなかったことも、舞台の上では何かしらの感情が垣間見えることがあります。私は亜久津くんにテニスを「つまんねぇ」と言われた時の清純くんの表情が、怒りとも絶望とも取れる色んな感情がごちゃ混ぜになったあの表情が忘れられません。私はその光景を何度も何度も、その度に胸が締め付けられるような思いを抱えながら、客席から清純くんの姿を見つめていました。あの時の清純くんの気持ちは一体どんな色だったのでしょうか。「あれだけ凄い試合をしておきながら何を宣うのか」? それとも「自分たちの大事なテニスを侮辱されたような気がした」から? これは清純くん自身にも分からないことなのかもしれませんね。いつかどこかでその時のお話を聞ける機会に恵まれたらいいなと、淡い期待を胸の奥に沈めておくことにします。

 

 

 

話を戻して「勝利への執着の欠如」、果たして本当に山吹中テニス部のみんなは「もしも負けても 次回勝てばいいさ」と思っていたのかと、私は疑問に思っています。「負けること」を深くは知らないだろう清純くんは、否清純くんのみならず山吹中の選手たちは、心の片隅で自分が負ける可能性がどれぐらいあるのかを真剣には考えていなかったのではないのか、言ってしまえば楽観視していたのではないかと私は思ってしまったのです。というのも、清純くんたち山吹中の戦績を振り返ると全国大会で名古屋聖徳に負けるまで、碇戦の室町くんの棄権と聖イカロス戦の錦織くんの敗戦を除いては、私たちも知っている(物語のある)学校や選手にしか敗北を喫していないのです(相手選手の棄権などもありましたが)。流石に当事者である清純くんたちはそこまで細かなことを覚えていないかもしれないけれども、実はそうなんですよ。貴方たちはとっても強いんです。だからこそ、自分たちが負けた時にどうなるのかということを考えることはあまりなかったのかなと、それ故に勝利へのビジョン、勝つためにどうすればいいのかということを(個人個人ではなくチームとして)真剣に考えることもなかったのかなと、勝手に推測してしまいます。山吹は青学に負けた後、もう一度不動峰に負けてしまいましたが、この時にダブルスの地味'S……もとい南東方ペアは唯一白星を上げました。この二人は前回の敗北、青学の黄金ペアに敗北した理由のひとつに、昔大石くんのペアを負かしているというところからくる油断(慢心)があったことに自分たちで気付いて、もう一度堅実なテニスを組み直した結果不動峰という強敵から勝利をもぎ取ることができたんじゃないかな、と私は思います。清純くんはどうでしたか? 桃城くんに負けた時、何かを感じて何かに取り組むことはありましたか? でも、清純くんにとってのターニングポイントは桃城くんへの敗北ではなく、神尾くんに付けられた黒星の方だったんですよね。

 

「もっかい一から自分のテニスを変えようと思ってます ……勝つために!」

 

都大会の時にも登っていたような休憩所の屋根の上で、清純くんは伴爺にそう宣言していましたね。年下の選手によってもう一度舐めさせられた敗北という辛酸は、その身によっぽど応えたのでしょうか。見えている神尾くんの打球に身体が追いつかなかった瞬間は、テニスプレイヤーとしてさぞ悔しかった瞬間だと思います。分かっているのにできない。そこにボールがあるのが見えているのに返球できない。自分の実力がまだまだであることを思い知らされた正にその瞬間、清純くんは何を思ったのでしょうか。そして勝敗を分けた最後の一打を清純くんが捉えきれなかったのは、序盤から動き回って走り疲れた相手はそろそろへばる筈という予測、この予測は結果として清純くんの胸の中にある油断であったのかなと、試合を振り返る時の私は考えてしまいます。相手の粘りに負けてしまった自分の思惑。私には清純くんの気持ちを推し測ることしかできませんが、ここであと少しこうしていれば、という後悔がほんの少しでも頭を霞める日があったのかもしれませんね。思えば都大会のオーダーでは、清純くんの負けが直接山吹の敗退に繋がるということはありませんでした。亜久津くんと室町くんが勝てば山吹は優勝、チームで勝てればそれがみんなの勝ちでした。しかし関東大会では、清純くんがS2で敗北したことによって山吹の敗退も決定づけられてしまいました。次勝てばいい、誰かが勝てばいい、その「次」とは一体いつなのか、「誰」とは一体誰なのか。エースと謳われ頼りにされてきた自分の黒星によってチームが先へ進めなかったという結果は、色々と考えさせられることが多かったのでしょう。”(前略)もう二度と試合ができないと思うと、負けた瞬間にものすごく悔しさがこみ上げてきました。これが「負ける」ってことなんだなと、そこではっきり分かった(後略)”、これは三番目の清純くんである森田くんの、先に挙げたコメントの続きです。清純くんも関東大会の2回戦で負けて、負けたら次は無い、もう試合ができないかもしれないということを、負けることの悔しさを身をもって知ったのかもしれませんね。氷帝と戦う青学が「もしここで負ければ もうこの大会では戦えない そんなのは嫌だ」と歌っているあの必死さの意味が分かった瞬間でもあったのかもしれません。全国へ駒を進められることを知った時の安堵や喜びは、計り知れなかったことかと思います。敗北を経験して、まだ自分にはやるべきことがある、テニスプレイヤーとしてもっと上を目指したいと思って決意を新たにした清純くんの横顔は、どんな時よりもカッコよかったです。ここで神尾くんに付けられた黒星は、清純くんにとって桃城くんへの敗北よりも意義のあるものだったと思います。そんなことはわざわざ私が言わなくても、清純くん自身が一番感じていることですよね。

 

 

 

自分のテニスを一から変えようと思うほどの覚悟を抱えて、清純くんは誰かと、あるいは独りで特訓に挑んだことと思います。決してそれまでが不真面目にテニスに取り組んでいたという訳ではないと思いますが、この時が一番、清純くんがテニスに対して摯実に向き合った時期なのかなと、私は勝手に想像しています。汗を流してテニスと向き合う日々はどうでしたか? もっと試合がしたかった、もっとテニスがしたかったですか? 改めてテニスと向き合って、自分の中のテニスへの情熱を呼び起されて、今更自分の中にあるテニスへの気持ちに気付いたってもう遅いと、月の綺麗な夜にひとり哭く夜もあったのかもしれませんね。そんな日があったから清純くんは、あの日の公園でたまたま遭った亜久津くんに救いの手を差し伸べたのかなと思っています。

 

紙の中の清純くんが同じクラスの亜久津くんに関して訊かれた時に、亜久津くんの一番仲の良いクラスメイトを「まあ、俺になるのかな?」と答えていたのを覚えています。対して舞台の上の清純くんが亜久津くんをどう思っているかを訊ねられた時に、咄嗟に口から出たのは「あんまり好きじゃない」という言葉だったというエピソードも聞いたことがあります。きっとどちらも清純くんの本当の気持ちなんでしょうね。10年に一人の逸材とも言われる身体能力に恵まれた亜久津くんが自分たちと同じ選手としてテニス部にやって来た時、清純くんは何を感じたのでしょうか。彼がテニス部を去った後も彼のラケットを自分のラケットバッグに入れていた清純くん*2は、亜久津くんにテニスを続けてほしかった、亜久津くんがテニスの世界に戻ってくることを心の何処かで諦めきれなかったから、ずっと彼のラケットを持っていたのかなと私は思っています。亜久津くんが山吹中テニス部にやって来た後、部員の誰一人として彼に勝てなかった、またはそれを察して誰も彼に勝負を挑まなかったのは想像に難くないです。それぐらい彼はテニスが強かった。清純くんが舞台の上で越前くんと試合をする亜久津くんの姿を見据えながら、「でも、負けないよ」と呟いた*3日のことを、私はどうやっても忘れることができません。たとえ亜久津くんのことがあんまり好きじゃなくても、「亜久津は絶対に勝つ」と思っていたんですよね。チームメイトとして、あるいはひとりのテニスプレイヤーとして、彼の勝利を信じていたんですよね。そこにあるのは期待や憧れだけでなく、綺麗なだけじゃない羨望や、溢れんばかりの嫉妬や悔しさも含まれていたと思います。「努力・運・実力・ツキ」、そこに含まれない、自分には無い「才能」を持っているにもかかわらず、テニスのことをどうとも思っていない亜久津くんのことを清純くんはこの数ヶ月、どんな思いで見つめていたのでしょうか。伴爺から海外留学特待生への声がかかったのが自分たちではなく、テニスを「つまんねぇ」と一蹴して部を去っていった亜久津くんだったことも清純くん(や部長の南くん)が知らない筈が無いですし、私は清純くんが亜久津くんのことを「あんまり好きじゃない」と言うのは至極当然のことだと思います。好きじゃないですよね。面白くないですよね。自分の方がテニスを続けているのに、俺の方がテニスを好きなのにと思ってしまった瞬間は、清純くんのみならず他のみんなの胸の内でも、数え切れないほどあったことでしょう。

 

そんな彼が独りで素振りをしているところを、清純くんは都大会の後のショートライブで目撃していましたね。興味ないだのと言っていたのにまるでテニスが忘れられないような亜久津くんの姿を見つけた清純くんは、彼に声をかけるでもなくただ笑ってその場を後にしていました。その後同じ場所に現れる山吹のチームメイトの面々に一番最後に合流した清純くんが、メンバーを見渡した後にやれやれと言いたそうに笑っていたのは、そこには既にいなかった亜久津くんのことを、テニスがしたいと思って体が動いてしまうほどなのに素直になれない亜久津くんのことを思って笑ったのでしょうか。彼の中に燻ぶるテニスへの思いを覗き見たから、気が付いたから、知ってしまったから、清純くんはあの日の公園で亜久津くんに声をかけて、テニスについてを語らったりしたのかなと思います。でも亜久津くんが再びテニスを始めたら、自分のライバルや立ちはだかる壁になるのはおろか、類い稀なる運動神経をもって手の届かないところまで飛んでいってしまう可能性は、清純くん自身もきっと何度も考えましたよね。それでも清純くんが亜久津くんをテニスの世界に連れ戻そうとしたのは、嫉妬とか羨望とか選手としての自分の立場が危うくなるとかそもそも亜久津のことはあんまり好きじゃないんだけどなあとかそういうごちゃごちゃしたことは置いといて、兎に角俺は亜久津みたいな強い奴にテニスをやってほしい!というテニスそのものを愛する気持ちが、清純くんの中に強く存在していたからなのかなと思っています。その気持ちに気付いたのはいつでしたか? 神尾くんに敗北した後、自分のテニスを見直しながら色んなことを思ったりしたのかなと、私は描かれることのない清純くんの季節に思いを馳せています。誰が言ったか「亜久津の気持ちはアイラブテニス」、でも夏目漱石に擬えて「今夜は月が綺麗だなぁ」と独り言ちたのは、他の誰でもない清純くんですよね。自分の愛するテニスを他の誰かにも好きになってほしいぐらい、テニスが好きなんですよね。清純くんのテニスへの思いも、亜久津仁という強い選手をもう一度テニスの世界へ連れ戻したきっかけのひとつなんだと私は信じて疑いません。亜久津くん本人がそれを自覚しているかはさて置き。でも清純くんは亜久津くんがどう思っていようと、あるいはどうとも思っていまいと、亜久津くんがもう一度ラケットを握るようになったという事実があれば、そんなのはどうでもいいのかもしれませんね。

 

「つまんねぇ」と言われた時に絶望のような表情を浮かべた清純くんが、亜久津くんがショートライブで『24/365』を熱く歌い上げる姿を見て、あるいはU-17の選抜合宿で彼がテニスを出来る喜びを感じている姿を見て、やっと彼に対して笑顔を向けられるようになったのかなと、ショートライブの『ニュー・ウェーブ』のイントロを歌う清純くんを見つめながら毎回思っています。「あいつにも 笑顔向けよう」。山吹中テニス部には戻らなかったけれど、テニスの世界にもう一度足を踏み入れてくれたとっても強い元チームメイトに笑いかける清純くんの姿を見て、清純くんの中の何かが報われたのならいいなと思いました。亜久津くんがテニスの世界に戻って来て、案の定、U-17の日本選抜に選ばれたのは清純くんではなく亜久津くんでした。100%素直に喜ぶことはできなかったと思います。でもそれでいいんだと思います。100%素直に喜ぶことができないくらい、清純くんはそれぐらいテニスが好きなんですよね。

 

 

 

清純くんは、テニスを好きになれてよかったですか? 清純くんは関東大会の頃に「今までで一番ラッキーだったこと」を訊かれて、「ヤマを張って勉強したら大当たりした中学受験」と答えていましたね。でも同じ質問を全国大会も終わりの頃に訊かれた時には、「テニスとの出会いかな、汗をかく楽しさを知ったのはテニスのお陰だよ」と答えていました。自分のテニスを一から見直す中で、見えてくるものが(それは技術面に限った話ではありません)沢山あったのでしょうね。山吹中テニス部で送った最後の夏は、清純くんと清純くんのテニスにとって、何よりも大切な夏だったと思います。

 

私はテニスが大好きな清純くんが大好きです。女の子が大好きな清純くんも、ライブ会場のステージの上でアイドルみたいに輝く清純くんも好きだけど、やっぱり試合を観ている時の真剣な眼差しや、コートの上でラケットを握っている時の生き生きとした姿が、私は一番大好きです。9ヶ月前に清純くんの試合を観ることができて、今こうして清純くんについてを沢山振り返ることができて本当によかったです。漫画の中や画面の中の世界しか知らなかった私をテニスの王子様というありとあらゆる世界を持った作品と出会わせてくれたのも、紙の中の貴方が亜久津くんをもう一度テニスの世界へ引き込む手助けをしたように、私をもう一度テニミュの世界に誘(いざな)って、数え切れないほどの絶景を見せてくれたのも清純くんでした。楽しい世界をいっぱい見せてくれてありがとう。客席から見える綺麗な景色を、それを誰かと共有できる喜びを沢山味わわせてくれてありがとう。私は、清純くんを好きになれてよかったです。

 

都大会や関東大会の頃には「テニスは楽しく」だった山吹中のモットーも、全国大会の頃には「楽しくて勝てるテニス」に変わりつつあると風の噂で聞きました。これからも大事な仲間たちと汗を流し競い合いながら、精一杯テニスを楽しんでください。願わくは、清純くんの活躍をまた何処かで見られる日が来ますように。

 

 

 

2016.11.25 一部加筆修正

 

*1:3rd氷帝公演パンフレット:当然ながらこれは森田くんが公演に対して手を抜いていたという意味ではないと思います

*2:https://twitter.com/_hangoor/status/751050143600775169 新テニ102話:メタ的な発言をすればこれは許斐先生ないしアシスタントさんのうっかりミスという可能性の方が大きいですが、しかし漫画になってしまった以上これはテニスの王子様の物語の中の現実なので私はこの事実を推します

*3:https://twitter.com/_hangoor/status/699933589270495233